鬼女のつぶやき〜2ch鬼女・キチママ・生活まとめ〜

主に2ちゃんねるの鬼女関連のスレッドをまとめています。修羅場、恋愛・結婚、育児関連の記事が多めです。

    修羅場

    230 :おさかなくわえた名無しさん 2018/08/15(水) 02:48:58 ID:rxyRlDQT.net
    さっき起こったこと、俺と言うよりほぼ嫁の修羅場。
    近所に、普段は施設に入ってる発達×精神を患ってる人がいて親世代は杖がないとダメな年齢。
    お盆時期だからか臨時帰宅していたようで、俺自身実家に戻るのも数年ぶりで完全に忘れていた「彼のお仕事」に遭遇した。
    彼のお仕事はゴミ出しなんだけど、なぜか彼は深夜2時にゴミを出しに家を出る。
    そして、あたりの十数件全ての家の玄関をガチャガチャと開くかどうか確かめて、うっかり鍵をかけ忘れていたら勝手に入ってくる。
    人んちの廊下をウロウロ、ブツブツ喋りながらウロウロ。二、三分で出て行くんだけどここで声をかけたりしたらパニックになって危ないんだ。
    親も彼が帰ってきてるのは知らなかったし、俺は俺ですっかり忘れてたんだけど、たまたま嫁がトイレに起きてたまたまそのガチャガチャに遭遇。キャ!なに!えっ!って感じで悲鳴をあげた(彼を知らないから当然)もんだから鍵は閉まってたけど、ドアの向こうで彼はパニックに。
    ドアをドンドン、ドアノブガチャガチャ、なんかブツブツ喋ってた。
    俺と両親は慌てて起きて嫁に小声で説明しながらとにかくパニックが落ち着いて帰ってくれる事を待ってたんだけど、5分経ってもそこにいる。
    仕方なく母が彼の家に電話をしたんだが、先にも記述した通り杖ついてるじーさんなんだ。
    耳も割と遠いようでなかなか電話に出ない。
    警察に連絡するかもう一度鬼電するか相談してると外が静かになった。
    多分帰ったんだと思う。彼の障害については詳しくは知らないが、本当にゾッとした。
    そして嫁にも怒られた。本当に怖かった、空き巣かと思ったと。

    俺は小さい時からの習慣みたいになってたからもう気にもしてなかったし、だからこそ忘れてしまったんだろうけど、今年結婚して初めて一緒に帰省した嫁にとっては恐怖でしかなかったと思う。
    なんで赤の他人の為に俺がこんなに謝らないとならないのかって腹も立つけど、うっかり鍵をかけ忘れていたらって想像してしまって今現在俺が修羅場。
    目が覚めちまったよ…

    950 :名無しさん@おーぷん 2015/12/02(水) 23:57:37 ID:PV6
    メガネがないと何も見えない私を、メガネなしでドライブ中の車から放り出してくれた婚約者を棄ててきた。

    解決したので投下。
    身バレしない程度にフェイクをいれるのでご容赦を。

    私は極度のド乱視とド近眼で視力が低い。
    メガネをしても車の運転は無理。
    そのうえドライアイがひどいため、コンタクトを常用するのは無理。

    二年付き合った彼のポロポーズを受け、寿退社する予定だった。
    相手は同じ会社の同期。

    ここまでが前提。

    両家の挨拶や挙式の日程も決まり、独身生活もあとわずかというときのことだった。

    翌日も休みということもあって、デート帰りに彼と車でドライブを楽しんでいた。

    前述のとおりコンタクトを常用するのは無理な私だけれど、一生に一度のお式の日くらいはメガネではなくコンタクトにしようと彼と車のなかで話していた。
    前々から彼は私がメガネをかけているのが不満で、「外していたほうが美人なのに」と言っていたので自分のオトメゴコロもあったけれど単純に彼に喜んでもらいたかった。

    そこでなぜか彼は「一日コンタクトにできるのならずっとコンタクトでいろよ」と言い出した。

    過去に何度か挑戦して、ダメだったことは言ってあったので口論に発展。

    最初は私も無理だよ~って感じで軽いノリだったが「メガネのお前、ぶっさいくでマジ引くんだよ」と言われたことでヒートアップ。
    そのうち彼は車を停車させて、「見えない見えないって大げさだ。そう言えば運転してもらえると思って調子にのんな!」と私の顔からメガネをむしり取ると、助手席に回り込んで私を車から放り出した。

    737 :名無しさん@おーぷん 2017/01/24(火) 04:41:48 ID:2UB
    修羅場っていうか、母と姉が取り合った男が私の担任だった。
    昔のことなんだけど諸事情あって悩んでいるので投下しに来た。

    長文でグダグダ、なおかつ文才ナイナイだが、お付き合いいただけたら幸い。
    気が向いたら助言などいただけると助かります。
    母親はデキ婚を狙って失敗するたびに種違いの子供を産んだ人物。
    私たちは結婚歴のない母が産んだ種違いの三姉妹。私は次女。

    母はとにかく恋多き女性で、結婚願望が強いくせに男を見る眼がまったくなく、連れてくる男はヒモ男や妻帯者ばかりだった。
    狭いワンルームのアパートで暮らしていたから、玄関を開けたら見知らぬ男性と母がアンアンしている光景に出くわした回数は覚えてもいない。
    そんな母を見て育ったせいか、私の価値観は小学校の半ばには冷めていた。
    私とは反対にヒステリックになっていったのが姉。
    罵り合う母と姉を見るたびに「またやってるよ」と呆れ、極力関わらないようにしていた。
    今思うと感情的になっていた姉のほうがよほど人間味があったと思う。
    このころはまだ妹は生まれていなかった。
    成長するにつれて姉は反発していた母に内面が似てきて、中学に入るころにはエンコーに手を染めるようになっていた。
    母と姉が頻繁に起こす恋愛トラブルをいかに実害を受けずに躱すかが当時の私の悩みといえば悩みだった。
    何せ二人ともご近所中からビoチと後ろ指をさされていたから。
    姉妹仲はそれほど悪くはなかった。
    毎日の家事を姉妹で分担してやっていたし、ヒステリーと恋愛体質だってことを除けばいい姉だったと思う。
    典型的喪女になりつつあった私が心配だったのか、姉はよく私に服を買ってくれた。学校でも孤立しているのではと心配し、あれこれ悩みがあるのなら聞くよ?と言ってくれもした。
    ただ、当時の私は姉が買ってくれた服に袖を通すことはなかった。
    姉が何をして洋服代を手に入れたのかわかっていたから。
    今にして思えばトラブル回避ばかり考えていないで姉を諫めればよかったと思う。

    前振りが長くなってごめん。


    215 :名無しさん@おーぷん 2015/12/18(金) 22:23:48 ID:V3S
    義姉(兄の姉)の子供である多動の男児6歳を託児され続けた1年間が修羅場でした。
    当時私は新婚ホヤホヤ。
    まだネットを知らず、託児ママだのいい嫁キャンペーンだのいう単語は知らなかった。
    でもあの時期私がやってたことはまさに「いい嫁キャンペーン」だったんだと今にして思う。
    とにかく夫家の人と仲良くしなくちゃ、という思いで一杯でした。
    義姉は専業主婦。当時の私は県外の夫についていくため退社して、新居から職探し中。
    義姉は朝7時にチャイムを鳴らし、甥とともに来訪。
    朝ごはんをうちで食べ、テレビを観て、甥の英語教育DVDを見せて、お昼を食べて、
    私にDVDと甥を預けて義姉は外出。
    甥は多動と診断が出ただけあって、一時もじっとしてない。力も強い。叩かれたら大人でも涙が出るくらい痛い。
    さすがに疑問に感じ、夫に「義姉さんの来訪を控えて欲しい」と頼むが
    「え~……自分で言いなよ。ねーちゃんは怒るだろうけど、俺シラネ。おまえのせいだから」
    今思えばそこで夫に愛想を尽かしておくべきだった。
    しかし「いったん結婚したら添い遂げるもの」という変な信念があった&データ主義な自分は
    「もっと夫と話し合ってわかってもらわなきゃ!そして話し合うための材料を得なければ」
    と、義姉を迎え、甥の世話を継続。


    767 :名無しさん@HOME 2013/09/09(月) 07:41:28 0
    結婚して暫くしたときのこと。
    不正出血が一月くらい続いてて、おかしいなと思いながらも仕事をしてたのでついつい後回しにしてた。
    暫くするとお腹が膨れて痛くなるようになった。でも、ガスが溜まってるだろうと思ってあまり気にしなかった。
    でも流石に不正出血が止まらず、旦那に婦人科受診を勧められて仕方無く朝イチで受診。
    色々検査するうちに妊娠が判明したが、状況が芳しくないらしくそのまま救急車で大学病院に搬送。
    周りの看護師さんは何だかピリピリしていたが、まだ事の重大さに気付いていなかった。
    大学病院で色々な処置(これも相当痛くて気絶するかと思った)をしたあと、先生に言われたのは子宮外妊娠。
    思いもよらない症状に驚くまもなく、そのまま分娩室に連れていかれて手術となった。
    麻酔から覚めたら旦那が青い顔しているのが最初に見えた。
    起きたのを確認して、先生が色々説明してくれたが、かなり進行してて(妊娠8週目位だったらしい)、あと少し来るのが遅かったら中で破裂して死んでいたこと、出血が500mlを越えていたことを告げられた。
    その後も絶対安静でトイレも行けずに数週間過ごした。
    大したこと無いかもしれないけど、初めて死を意識したのが修羅場だった。
    無事二人目の子供が一歳になったので記念カキコ。


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