罵詈雑言

    858 :名無しさん@おーぷん 2017/09/07(木) 11:01:14 ID:e2V
    初めて書くのでおかしな所があったらすみません。
    未だにしこりが残ってる事です。
    叩かれ覚悟で投下します。

    小さい頃から母は私に対して罵言雑言が
    絶えない人で、それ以外の会話をした事が
    殆どありませんでした。

    結局小学校高学年から完全に母が私の
    面倒を見なくなり、父としか会話しない日々が続いて、
    そんな中で高校や大学を卒業し、その後は
    絶縁はしませんでしたが、出来るだけ
    両親とは関わらないようにして、
    飛行機の距離まで引っ越しました。

    ですが、その後私が独り立ちしてから、
    父有責で母が離婚したという連絡が届きました。

    母曰く、私に罵言雑言を言ったり関わらなくなったりした理由は
    私が昔父が浮気した時に父の味方をして母に
    暴言を吐いたと思っていたからであり、
    さらに父と離婚した理由が、父が当時五歳だった私に
    母が悪者だと言って暴言を教え込んだという事を父本人が
    思い出話感覚で母にゲロったからだと
    聞かされたのが個人的にかなりの修羅場でした。
    当の私は五歳の時にそんな事を言っていたという事実を
    何故かすっかり忘れていたので余計にショックが大きかったです。
    最後に母が「父の下らない嘘のせいであんな形になって、
    あなたとも普通に関われなくてごめんなさい。
    もう一度やり直したいから家で話す機会が欲しい」と
    言ったのですが、私はショックの方が大きくて
    結局その衝撃が今でも残っているために
    母とはまだ会えてません。

    長文・駄文失礼しました。

    953 :名無しさん@おーぷん 2015/09/24(木) 14:22:30 ID:S03
    私も妹も中学生だった時。

    妹(1年)が2年女子十数名に罵詈雑言を浴びせられた事を知り
    一気に頭に血が上って、その場ですぐ文句を言いに行った。
    妹を連れてそいつらの元へ行くと、私はスルーで、妹はまた罵詈雑言を浴びせられた。
    鳥の雛のようにピーピー煩い中、とりあえず中心に居た2年女子に向かって話かけてみた。

    私が「この子、うちの妹ですが貴方たちに何かしましたか?」と聞くと
    2年女子は「1年の癖にウチらに挨拶しなかった!!」と言った。上下関係には厳しい雰囲気の校風だったのでまぁ解る。
    私は「ふ~ん・・・、つまり下の学年の子が上級生に対して挨拶しなかったら悪口言っていいんだ?」と聞くと
    2年女子は「あったり前じゃんww挨拶しなかったら殴られたって文句言えないよねーwwww何言ってんのこいつwwww」
    と、周りの2年女子らと笑い転げていたので、私は無言でその2年女子の頬を思いっきり引っ叩いた
    2年女子は「なっ!!何すんだよ!!!!」と金切声で涙目になっていたので
    更に逆の頬も思いっきり引っ叩いたらついにボロボロと涙を流して大声でワンワン泣き出した

    「2年の癖に3年の私に挨拶もしなかったんだから殴られたって文句言えないよねぇ?」と顔を覗き込んだら
    「殴られたってというのはモノの例えで、本当に殴るのは悪い事だ!傷ついた!言いつけてやる!」と喚くので
    「挨拶するように指導するなら良いけれど、集団で悪口を浴びせるのだって悪い事だよ。イジメだよ。妹も傷ついている。お互いさまでしょ。」
    そう言うと黙ったので、先生が来ても面倒だし、その場を後にした。
    妹には、こういうトラブルもあるから、目上の人にはきちんと挨拶するように伝えたら
    「いくら上下関係が大切だと言われても、尊敬できない人には挨拶できない!」と早めの厨二病発症してて頭が痛くなった。

    そんな妹も今ではきちんと挨拶や気配りの出来る極めて普通の社会人に育った。
    思い出話でその話をすると「あの時の事は本当に感謝してるよ」って満面の笑みで言う妹はやっぱり可愛いと思うDQNな姉バカでした。

    64 :名無しさん@HOME 2013/12/18(水) 23:26:58 0
    あれは結婚した年だった
    父が肝臓炎で倒れて入院したと母から電話があった。
    昔気質で我慢強い性格なんで本当に倒れる寸前まで我慢していたらしい
    びっくりして高速を飛ばし一時間、地元の病院に駆けつけ父と面会したら
    黄疸が出ていて見るからにやばそうな容態
    それから手術まで腰痛持ちだった母のサポートとして嫁にお願いして
    (半ば強制的に)残ってもらい俺は仕事があるので帰宅
    仕事が終わる度に病院に通う日が10日くらい続く

    そして手術も無事終わりひと段落ついたので嫁を連れて帰ることにした
    嫁は両親や親戚の前では平気な顔をしていたが車に乗るや急にやつれ果てた表情になり
    すぐに眠り込み家に着いて抱えるようにして入り更に眠った
    母から聞いたのだが付き添いに買出しに洗濯に顔も知らない親戚への対応
    結婚して間もなくビビッていた昔気質な両親と一緒。それに見ず知らずの地に
    俺の実家での寝泊り。肉体的にも精神的にも疲弊したというのは容易に分かる

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