祖父母

    397 :おさかなくわえた名無しさん 2013/04/28(日) 00:10:02 ID:/Iped/4o
    父が父方祖父に勘当された。
    勘当といっても実際は相続から外されただけ。
    理由は、私が父の胤ではなかったから。
    結婚してすぐ、疑惑はずっとあったらしい。
    それもあってか、私はずっと父に嫌われてたが、
    父母の仲は良かった。
    疑惑が判明するきっかけは、私の実父Aさんが訪ねてきたから。
    偶然、私と母を見かけて、私がAさんの幼いころに似てたので確かめに来たらしい。
    結果、私は母とAさんの間の子と判明。
    父は激昂、私を殴って失神させた。
    母は好きで結婚した女性.だから殴れないけど、
    お前(私)は生まれてきてほしいとも思ったことがない人間だから殴ったとのことだった。
    出ていけと言われたが、私が追い出されるのなら母も一緒に家を出ると言ったため、
    母に出て行かれたくない父は、一時的に近所の父方祖父母宅に私を預けた。

    269 :1/4 2009/10/20(火) 14:42:56 0
    家の母がした事何だけど、今にして思えば…と言う話。
    最初に言っておくけど、家の母檻の付いた病院から一生出られない人ね。

    実家は田舎で、両親は結婚してすぐ祖父母と叔母と同居。
    こいつらはホント性悪で、父は母や私たちがいびり倒されてるのにも我関せずだった。
    叔母は結婚して家を出た物の、
    実家に入り浸りで、母と私たちをまるで召使いのように扱い、
    気に食わなければ祖父母たちと一緒になって悪口三昧。

    家は3人兄妹なんだけど、実は一番下にもう一人妹が居た。
    その妹は母が目を離した隙に家を抜け出し、用水路に落ちて亡くなったと聞いていたんだけど
    事あるごとにその事を責めていた。

    そして叔母に息子が生まれると、母はまるで王子様のようにお仕えし、
    欲しい物は何でも与え、我儘はすべて聞いてやり、
    祖父母や叔母達も当然の様な顔で母に育児を押し付け、
    温泉だ海外だと遊びまわってた。
    叔母の夫に対してもそう。ギャンブル好きであればあるだけ使ってしまうと分かってるのに
    家の物を売ったりして金を工面した。

    私たちには厳しく、家の手伝いも習い事も勉強もさせるが、
    従兄弟には何もさせないで、お菓子やお小遣いをあげまくり、
    お友達とケンカしたと聞けば「従兄弟ちゃんは何も悪くないわよ、お友達がおかしいのよ」と言い、
    夏休みの宿題も「従兄弟ちゃんはこんな事しなくていいのよ」と、母がやってあげていた。
    叔母にも子供や人付き合いについて愚痴られても
    「あなたが全面的に正しいわ。悪いのは相手、学校よ」と言い、
    叔母は今で言う立派なモンペに。

    775 :名無しさん@おーぷん 2015/10/24(土) 01:50:12 ID:OdJ
    祖父母はしってるけど故人だからいいよね
    10代に家出してそのまま帰らなかったのが黒い過去だよ。
    両親は駆け落ち当然で親戚や祖父母から勘当されてるのか、見たことがない。
    母親はガチの病弱で家事なんかはものごころついた時には私がやってた。
    小学校卒業間近なのに小柄なのもあるけど20キロ弱しかなくて、栄養が偏って歯が抜けた。
    水でお腹を膨らましていたので噛む力が弱くなったり、ずっと口を閉じているので顎の筋肉が固くなって口が開かなくなったりした。
    今ほど大騒ぎされなかったから担任が数回両親に直談判→諦めるって流れで諦めた
    父はがんばって働いていたけどすごく若いせい?か安月給なのかとにかく貧乏、お祝いやイベントなんてなかった。
    大学行きたかったのに高校資金も危うい言い方されて「このままここにいてもダメだ!」と一念発起して家を飛び出した。全財産は10万ちょい。
    母親の机にあった手帳を取って知らない住所を目指した。
    なんどか補導されたけど途中でひらめいてここの住所に行きたいんです!と話したら連れていってくれた。
    最初は小さい子なんてうちにはいない!と言われてとりつく島もなかったけれど
    私の姿と持ち物を見て(母親のおさがりや私物ばかりだった)家にいれてくれて母親の事を質問攻めにされた。
    後で祖父母だと知ったけどとにかく泣いて抱きしめてくれたのを覚えている。
    そのあと両親は何度か迎えにきたけど祖父母が追い返して私に「両親はタヒんだと思いなさい。」
    「まちがっても戻ってはダメ」と言われ、私が成人するかしないかで母親がタヒんだ、とだけ聞いて葬式にいくか?と言われたがもうどうでも良かった。
    ちなみに祖父母に高校も大学も希望以上の所に行かせて貰いました。
    恩返ししたかったけども大学卒業して半年もしないうちにバタバタと亡くなって、一軒家もいつのまにか私名義になってた。
    遺言もしっかりやっていてくれて知らない親戚が現れたりなんてのもなかったわ。
    後で調べたけど父親も亡くなってた。最近だけど。
    私はイマドキありえないけど義実家や親戚付き合いを密にしてる。
    たよるの前提じゃないけど、何かあったときせめてこっそり心配して通報してくれるような人が欲しいから。
    二人だけの世界を築くのは勝手だけど子供を巻き込むのはだめだよな~と子供たちを見ながら思い出した。

    579 :おさかなくわえた名無しさん 2013/01/30(水) 17:37:04 ID:wnvOeKf0
    武勇伝というには激しさが足りない話かも知れないけど

    小学生の3年4年と親の仕事の都合で祖父母の家で暮らしてた
    生活自体は楽しかったけど、クラスのバカが参観日に来た婆ちゃんを見て
    「ババア」ってあだ名を付けてからかうようになった
    あだ名は最終的に「ウ〇コ」になって、由来も参観日に来た婆ちゃんが
    ウ〇コ漏らしたからというとんでもないデマに
    修正しようとしたけど出来なくて、婆ちゃんをバカにされたのが
    悔しくて相手のバカと喧嘩になって、怪我をさせてしまった
    呼び出された婆ちゃんに理由を黙ってたけど結局ばれてしまった
    婆ちゃんは「お前はいい子だねぇ、ありがとう」と頭を撫でてくれた
    この一件であだ名も自然消滅して4年になった

    持ち上がって初めての参観日に婆ちゃんが来てくれたんだけど
    白髪を染めてなんか女優っぽい髪型にして化粧をして
    真珠のネックレスをしてよく似合う桜色のスーツを着てた
    最初ちら見した時は婆ちゃんだと思わなかった変身っぷり
    授業中何度も振り返って婆ちゃんを見たけど
    モデルみたいに真っ直ぐ立ってにこにこして見てくれてて
    美人じゃないけど、他のお母さん達に負けてない華やかさだった
    クラスのバカは「ババア」が来ると思ってたらしくて
    ニヤニヤしながら振り返りまくったんで先生に叱られた
    当然その後にあだ名が復活する事はなく平和に過ごせたよ

    余談だけど婆ちゃんの桜色のスーツはオーダーのなんだけど
    今私が着ると、身長は5センチくらいしか違わないのに
    ウエストはきついのにお尻と胸は余る
    50歳手前の頃の婆ちゃんはナイスバディだった

    234 :名無しさん@HOME 2015/01/20(火) 23:08:29 0.net
    祖母のためと思ってついていた嘘を従兄弟がバラした時。
    祖母と祖父は村の中ではおしどり夫婦と呼ばれるほど仲が良かった。祖父は仕事で出張に行くと出張先から毎日手紙を書いた。祖母も毎日返事を書いた。
    ある日、出張先で祖父が事故でタヒんだ。
    家族と村人のみんなは祖母のために祖父がタヒんだ事をひた隠しにした。祖母のために郵便局員は毎日祖父の筆跡を真似て手紙を書き続けた。
    それをずーっと続けた。郵便局員が亡くなるとその子どもが郵便局員になって手紙を出し続けた。手紙の最後には必ず家と家族を村で守ってくれとしたため、祖父の出張先に行くことも止めるようにした。
    ここまでは私も生まれてなかった頃の話。

    みんなで嘘をつき始めて40年経った。祖母は病気になり、しきりに祖父へ会いに行きたいとせがむようになった。
    祖母の悲痛な叫びにみんな心を痛めたけど、絶対に誰も真実を語ることはなかった。

    それから1年後。この頃から祖母は手紙を書いても、祖父に会いに行くとまでは言わなくなった。
    従兄弟が祖母に真実を話したからだった。

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