祖父

    512 :可愛い奥様 2013/06/09(日) 21:11:37 ID:lwVOLMOX0
    義父の四十九日と娘の遠足が被った…
    一年生で初めての遠足だし、正直行かせてやりたい…
    まったく話したことない祖父より遠足行きたいのは分かるんだよなあ
    旦那はダメに決まってんだろ!ひどい奴だなお前はって娘に切れてそのままキレっぱなし
    いやでも気持ち分かるんだよなあ…
    泣きまくってるよ

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    910 :名無しさん@HOME 2009/12/25(金) 11:57:11 0
    愚痴。

    以前に
    兄の嫁「俺って結婚しないの?」
    俺「とくに今のところ結婚する気なし」
    兄の嫁「なら財産は全部兄嫁子のもの♪」

    っと言われ状況的にキレるわけにもいかず今に至る・・・。

    ↑の発言って普通なのかな??

    486 :名無しさん@おーぷん 2018/01/26(金) 01:29:29 ID:qgS
    認知症15年選手で90超えた祖父が去年あたりから体を壊して度々入院するようになった
    親が同居していて祖父は主に母が面倒を見ており、孫である私達(三姉妹)は皆遠方にいるけど入院のたびに必ず駆けつけてた
    文字も絵も書けない、身内の誰の顔も認識できない祖父が、孫達を見るとハッとしてすごく喜ぶし、それで回復してるような兆しさえあったから
    「やっぱり実の孫はどこかでわかるのね!こんなに嬉しそうなおじいさんは久しぶり、元気になってくれて嬉しい」
    と祖母も両親も喜んでた。孫パワーすごい!みたいな
    でも年末にまた肺炎で入院した祖父の元に駆けつけた時、祖父が孫をみて元気になってたのは単純に若い娘に興奮してただけだとわかった
    私の手から腕から嬉しそうに触ってきて、綺麗だなあと連呼、弱々しく覚束無い細腕で私の服を脱がせたいような素振り
    また、年配の看護師さんには無反応なのに、20代くらいの可愛い看護師さんにあれこれされてるとすごくニコニコして元気そう
    当初は喜んでた母も薄々感づいてきて「あんたたちみたいな若い娘がくるとおじいさんも元気になるからまた来てやって…」と力無い一言

    祖父はお国から勲章を頂いたような人で、人格者だし誠実な人だった
    祖母のことも大事にしてたし、周りの人間みんなに敬愛されてた
    紳士的な祖父が格好良くて大好きだったし、色々な人から慕われていたのに
    母はシモの世話までつきっきりでしているにも関わらず、祖父は無反応
    おしめも替えられない、ただ数日顔を出すだけの孫の私達や、身内でもない若い看護師さんにニコニコして元気になる祖父を見てたら
    なんだかものすごく遣る瀬無くなった。男の本能ってこんなもんなんだなって
    心から尊敬してた祖父だけど、結局オスの生存本能って若い女に尽きるのかと思ったらとても悲しくなった
    今の旦那も私のことを物凄く大事にしてくれるけど、老いて態度が変わったり、結局は若い女の子がいいような素振りが見えたら
    正直母のように甲斐甲斐しく介護したり、介護まで行かずとも心から支えようという気にはなれないと思う
    どこかで仕方ないとは思いつつ、男の性根というか本能的な部分に心底がっかりしてしまった

    402 :名無しさん@おーぷん 2017/08/11(金) 09:04:53 ID:PQY
    先日祖母の米寿のお祝い会があって、宴の中盤で「じゃあみんなからばあちゃんになにか一言ずつ」ということになった
    途中まではみんな当たり障りのないお祝いメッセージだったんだけど、流れが変わったのは父のターン
    「僕は親父から殴られ疎まれ、非人間的な扱いを受けてきた。でも母ちゃんがいつも身を挺して庇ってくれたおかげで、こうして少しはまともな人間になれたと思う。親父が出ていった後は女手ひとつで大学まで行かせてくれて、今の僕があるのは全部母ちゃんのおかげで…」
    とまぁこの辺から嗚咽で言葉にならなかった
    続いた叔母も「お父さんは『女は勉強なぞするな。金の無駄だ』って人だったけど、お母さんが『女も資格があった方が良い』って言ってくれたおかげで大学に行かせてもらいました。感謝してもしきれません」と涙声
    そこからはみんな釣られちゃって、お菓子もらったとか子供の頃いたずらして怒られたとかそんなエピソードでもわんわん泣きながらスピーチしていた(私もその一人)

    祖母は終始ニコニコしていて良い会だったんだけど、冷静に思い返すと顔も見たことのない亡き祖父が(時代背景もあるのだろうけど)なかなかのクズだったというエピソードが満載だった気がする
    そのことを父にこぼしたら「お祝いの席だからあの時はオブラートに包んだけど」という前置きとともに、さらなる祖父のクズエピソードがボロボロ出てきた
    長年教育者を務めてきた父の口から「あいつは何も善行らしきことをしてなかったけど、早めにタヒんでくれたことだけは感謝してる」という言葉が出てきたのが最大の衝撃

    874 :693 2013/07/13(土) 13:41:44 ID:NGx0Ch18
    DQN返しともいえる、祖父の武勇伝。当時子供だったので聞きかじりです。

    20年以上前、当時健在だった祖父が所有地の整理を始めて、いくつか土地を売った。
    まだバブルの恩恵が残ってた頃で、そこそこ高値で売れていく中、マンション開発に交渉された土地があった。
    そこは、理由は不明ながら祖父は売りたくなかったらしいけど、相手側に「マンションかハイツを建設したい、
    最上階角部屋を破格値で分譲するから土地を売ってくれ」と言われ、一人暮らしの祖父を案じていた父達が
    賃貸住だった叔父夫婦にそこに住んでもらえばどうかと勧め、祖父も合意した。
    で、マンションというには.微妙な高さのマンション完成。
    そしたら、立地条件よし・広さや値段も手ごろだった為、完成前後に完売御礼になったらしい。
    無論、叔父夫婦が住む予定だった部屋も。
    話が違うと祖父や父達が相手先の会社に訪問したら、「証書もないですしねえ」とヘラヘラ。手違いで売買したのではなく、
    口約束だけで法的な書類がないのをいいことに、故意にやったんだろうとわかった。
    新築の広い部屋に移れると思っていた叔父夫婦ショボーン。父や他の兄弟も、「高い勉強代だったと思うしかないな」と慰めた。

    しかし明治生まれで二度の戦争経験者である祖父は引き下がらなかった。
    何度も相手先に赴き、「近くに息子夫婦が来てくれると思ったからこそ売ったんだ、今からでもどうにかならないか」と訴える。
    「もうあなたとも先方とも正式な売買契約が成立してますのでねえ。あまりしつこいようだと、警察に…」とやられたそうな。
    そうこうするうちに、購入者達の入居がほぼ完了してしまった。
    祖父は、そのマンションの敷地三方を囲む形でまだ土地を所有していた。残る一方は山。マジ山。人の登り下りもキツそうな山。
    所有する土地に「私有地につき立ち入り禁止」と囲いを付けた。業者に頼まず一人で毎日日曜大工したらしい。
    結果、マンションの住人さんは「徒歩・自転車・原付の出入りはできるが車は無理」な幅1mあるかないかの通用路しか使えなくなった。
    それまでは、私有地を通過するのを祖父曰く「厚意で」許していただけ。
    宅配便や郵便屋さんも、トラックがマンション前まで行けない。こちらは田舎なので皆車で移動するが、マンション入居者さん、
    車を出せないor入れられない。

    169 :名無しさん@おーぷん
    祖父は自称コレクター。
    本人いわく
    「コレクションするのは人間だけ、それも知性ある人間だけ」
    「その証拠に女は蒐集癖がない」
    「俺は精神の貴族。現実の生活にあくせくするのは下等な女子供に任せておけばいい」
    要するにコレクション以外の事は何もしない人。
    父はこんな祖父を嫌って陰じゃ悪口三昧だけど
    祖父の前に出たら何も言えない。ニヤニヤしてるだけ。

    その祖父に弟(長男で祖父のお気に入り)が先日言い放った。
    「コレクションなんて犬でもカラスでもやる。
    近所のぺチ(犬)は犬小屋の奥にお気に入りの玩具溜め込んでるし
    カラスの巣は金物や毛糸がいっぱい。
    それにおばあちゃんだってコレクションしてただろ?捨てたのじいちゃんじゃん。
    他人の大事な物がわからない人間こそ下等だわ」

    ちなみに祖母のコレクションは花の刺繍入りハンカチ。
    今はあまり売ってるのを見ない品だから貴重なのに祖父が勝手にゴミに出した。
    色々な花の種類が揃って綺麗だったのに。

    お気に入りの孫に言い返されて祖父がウグウグしてるの見てスっとした。
    帰り道、父が「よく言った」って弟の肩を抱こうとして
    振り払われてるのを見てそれもスっとした。

    932 :名無しさん@おーぷん
    自分の衝撃は、いよいよご臨終という時にボケてたはずの祖父がカッと目を開いて、父をそばに呼んで喋りだしたこと。
    昔台風で大水が出て、家が流され赤ん坊もタヒなせてしまった。
    避難先で近所に住んでた大工に会った。
    嫁も家財道具も流されてたと、小さい赤ん坊を抱えて呆然としてた。
    母さんがその赤ん坊を泣いて欲しがった。
    それがお前だ。

    戸籍もそのままにして、タヒんだ子の名前で呼んできた。
    お前の父親の大工の男はまだ生きて近所にいる。○○○○という男だ。母さんがタヒんでも言うなと言うから今まで言えなかった。
    父親と偽って済まなかった、という話だった。

    俺の父親は父さんだよ、と父が言うと、祖父は目を閉じて何も喋らなくなり、その夜他界した。

    なんというか、晩年のボケは何だったのかという感じの、最後にパッと輝いた蝋燭を見てる気分だった。

    472 :名無しさん@おーぷん
    父方の祖父母は、父が子供のときから仲が悪かったらしい。
    祖父は明るい人で何やかんや話しかけるんだけど祖母が全スルー。
    一方的に祖母が祖父を嫌っていた。
    俺が小学生の時、父が怒って祖父を家に連れてきた。
    祖母の態度が我慢ならない、祖父が可哀想で連れてきたと言い
    「今日からじいちゃんはウチに住むからな!」と宣言した。
    しかしこれが修羅場の始まりだった。
    祖父は同居してみるとウザい人だった。
    明るいし口数が多いんだが、今で言う「いじり」が好きな人だった。
    何かと言うとこっちにちょっかいをかけてきてからかう。
    宿題してると「先生気取りかw」
    外出すると言うと「いいご身分だな〜帰ってこなくていいぞw」
    腹が鳴っただけで「食わせてもらってないってアピールか〜可哀想ぶってw」
    と語尾に単芝を生やした口調で言う。
    1回2回ならいいんだが毎日毎日これなのでウザい。
    しかもこっちがスルーすると祖父のいじりはさらにしつこくなった。
    まず真っ先に受験生(中3)の兄が病んだ。
    二ヶ月しないうちに病んだと思う。
    祖父が話しかけない時でも24時間イライラするようになり、
    壁を蹴ったり家庭内暴力っぽくなった。
    兄と祖父の板ばさみになってる母も病んだ。
    俺は家の空気を明るくしようと空回り、反動で学校では鬱状態になった。
    父はどんどん帰りが遅くなり、夜中にしか帰ってこなくなった。
    半年くらいで兄がキレて、父に「祖父を家に戻せ!」と怒鳴り大喧嘩。
    父が折れて祖父を実家へ送っていったら、祖母は黙って引越し済みだった。
    父が電話してきて「ばあちゃんがいない。じいちゃんをどうしよう」
    と言い、兄が「知るか!お前ごと消えろ!」と泣きながら子機に怒鳴っていた。
    結局祖父は実家に一人暮らしが決まって
    俺らはもとの生活になったんだが、精神的に完全に戻るまで3年くらいかかった。
    病むのは簡単だが戻るのは難しかった…

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