祖母

    161 :名無しさん@HOME 2011/07/15(金) 17:56:35 0
    ばーちゃんネタ続きますけどいいですかありがとうございます
    母と私で同居祖母にしたDQ。

    自分が陰気な性格だからか、何かと派手なものを嫌う祖母。
    母は派手な顔立ちで、原色系の服でも違和感無く着こなすのを気に食わず
    「嫁の癖に赤なんか着て」とかネチネチ言う。
    白地に薄い黄色の模様がすこーし入ってるようなのでもそれはしつこく言う。

    母だけじゃなくて私にも「裾が短い」「(指で擦るように触りながら)生地が悪い」
    「(普通のローライズに)尻の穴まで見えるわ」とかいちいち気持ち悪い。
    母は服装チェックを嫌がって洗濯物も祖母から見えないように干してたけど
    それも引っ張り出していちいちチェックする。そしてブツブツ言う。
    本人に「気持ち悪いからやめて」と言っても何の効果も無くイライラがピークに。

    衣替えの時に「肌着が古くなったから買ってきなさい」と言われたので
    母と一緒にユニクロとか何件も回って、肌着靴下ズボンブラウス全部黒一色のを買ってきてやった。
    「葬式みたいな色買ってきて!タヒねというんか!」と言うので
    母「お義母さんはどんな色も派手だというのでこれしかないと思いました」
    私「心配しなくても葬式のときはちゃんと白を買ったげるよ」と返して黙らせました。

    そこまでしなくても、と渋る母をたき付けた私がDQです。むしろ母よりスッキリしてしまったよ。

    317 :名無しさん@おーぷん 2017/11/04(土) 14:39:05 ID:nLi

    だいぶ昔の話し。
    当時父が長期単身赴任でいなかったとき祖母が脳溢血で倒れた。
    幸いにして処置が早かったけどこん睡状態で、病院側から症状がこれ以上変らなかったらどうするか決めておいてくださいって言われた。

    生命維持装置をつけるか・つけないか

    つけたらタヒぬまで絶対はずせない。昏睡状態のまま数年、数十年そのままなんてこともあるらしい。
    つけないと症状が悪くなったら多分、そのまま亡くなるとは言われなかったけど、そういうこと。

    私にとっては祖母だけど母にとってはトメだからやたら判断できない。父に即連絡したけど連絡がなかなか取れなかった。
    ちなみに出張先は海外で、そんなに遠くはないけど、仕事的に簡単に帰って来れない感じ。

    血がつながらない人の生きタヒにを任せられるって、かなり重い。
    二人でどうしようどうしよう言いながら父の会社の人にも連絡して、ようやく電話が来たんだけど、父は父で焦ってたのかなんなのか
    「そのときの状況で判断が変るからお前たちが見て判断しろ」とか言った。超無責任に。

    「あなたのお母さんでしょ!」
    って母がぶちきれた。私だって判断任されたって困る。何かあったって責任取れないし。それ以前に祖母は入退院繰り返してたから、
    お金も労働力もかかるの分かってたしね。

    次の日に祖母が無事目を覚ましたので装置の話はなくなったけど、そのときの心の中は本当にどうしよう、の一言だったよ。



    481 :名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土) 12:00:31 ID:30Q
    父は重度のマザコンだけど片思いのマザコン。
    祖母が好きなのは長男と末娘だけで、中間子の父に興味がない。
    その子供である私達にも興味がない。
    父は何とか祖母に振り向いてもらおうと、私達をいろんな塾へ行かせ、勉強スケジュールを管理し
    私達をいとこ達より優秀にしようとした。
    私達が賞を獲ったりいい成績をおさめるたび父は意気揚々と私達を連れて
    祖母に報告に言った。
    でも祖母は「フーンすごいね」だけで、「それよりいとこちゃん達はこんなに可愛い」と自慢。
    子供でも好かれてるかそうでないか位わかるわけで
    兄私弟は祖母家に行きたがらなくなったけど、父だけは「何とかして認めてもらうんだ!」と
    祖母に愛されるための道具に私達を使おうとした。
    母が生きてるうちはまだストッパーがいたが、弟が中1の時母が事故タヒ。
    悪化した父を見捨てるように兄は家を出て、県外から私と弟を支援してくれた。
    その後も臨床工学技士を目指し大学に通う私を
    「おばあちゃんの介護のために介護士になってくれ」と泣きながら一晩中説得してきたり
    祖母が気に入って出入りさせている庭師の後妻にさせようとしたり
    無茶をやってきたが、そのたび兄に連絡して助けてもらった。

    復讐は、私の結婚式でバージンロードを一緒に歩き、その写真を祖母に贈ろうと楽しみにしていた父の目の前で
    兄とバージンロードを歩いたこと。
    「長いこと母親役であり父親役でもあった兄にその役目を頼むのは当たり前」と主張したら
    伯父も叔母も祖母も「そりゃそうね」と同意した。
    祖母にも伯父にも強く出られない父は私と叔母にだけファビョり、伯父と兄にシメられていた。
    しょぼい復讐だろうけど個人にできるのはこの程度と、父とできるだけ疎遠になるくらいだ。
    でも祖母に「バージンロードを兄と歩く=妥当」と認定された瞬間の
    父の表情にはスカっとさせてもらったからいいや。

    402 :名無しさん@おーぷん 2017/08/11(金) 09:04:53 ID:PQY
    先日祖母の米寿のお祝い会があって、宴の中盤で「じゃあみんなからばあちゃんになにか一言ずつ」ということになった
    途中まではみんな当たり障りのないお祝いメッセージだったんだけど、流れが変わったのは父のターン
    「僕は親父から殴られ疎まれ、非人間的な扱いを受けてきた。でも母ちゃんがいつも身を挺して庇ってくれたおかげで、こうして少しはまともな人間になれたと思う。親父が出ていった後は女手ひとつで大学まで行かせてくれて、今の僕があるのは全部母ちゃんのおかげで…」
    とまぁこの辺から嗚咽で言葉にならなかった
    続いた叔母も「お父さんは『女は勉強なぞするな。金の無駄だ』って人だったけど、お母さんが『女も資格があった方が良い』って言ってくれたおかげで大学に行かせてもらいました。感謝してもしきれません」と涙声
    そこからはみんな釣られちゃって、お菓子もらったとか子供の頃いたずらして怒られたとかそんなエピソードでもわんわん泣きながらスピーチしていた(私もその一人)

    祖母は終始ニコニコしていて良い会だったんだけど、冷静に思い返すと顔も見たことのない亡き祖父が(時代背景もあるのだろうけど)なかなかのクズだったというエピソードが満載だった気がする
    そのことを父にこぼしたら「お祝いの席だからあの時はオブラートに包んだけど」という前置きとともに、さらなる祖父のクズエピソードがボロボロ出てきた
    長年教育者を務めてきた父の口から「あいつは何も善行らしきことをしてなかったけど、早めにタヒんでくれたことだけは感謝してる」という言葉が出てきたのが最大の衝撃

    54 :1/2 2010/10/23(土) 20:48:08 0
    子が言ったというか私が言ったというか自爆乙というか。

    トメは子に自分を「まーちゃん」と呼ばせている。
    グランドマザー→まーちゃんらしい。
    こないだ義実家へ行った時に、何かの拍子で子が「おばあちゃん」と口にした。

    トメ「おばあちゃんじゃなくてまーちゃんでしょ」
    子「まーちゃんいらん!おばあちゃん行ったの!」
    私「そうね、昨日おばあちゃんのおうちに行ったのよね」
    トメ「おばあちゃんって何なの?」
    私「私の母に決まってるじゃないですか。この子のおばあちゃんですよ」
    トメ「あちらのお母さんのこと、おばあちゃんなんて呼んでるの?」
    私「ええ。おばあちゃんですから」
    子「おばあちゃんよねー」

    213 :名無しの心子知らず 2014/03/03(月) 20:57:59.30 ID:I8guahUf.net
    祖母の名前をいただきます。尊敬する絵本作家でした。
    ルルといいます。漢字を調べましたら、いろいろ出てきたのですが瑠々が可愛いと思いました。
    夫婦別姓ですので名字は日本の名字ですが。

    706 :名無しさん@おーぷん
    日曜日に出勤したので今日は代休とって一日中、家にいた。
    リビングで柿の種食いながら録り溜めてたバラエティー見てクスクスしていた午後3時頃、祖母(70代後半)が電話持ってこんな(´・ω・`)顔でやってきた。
    「やっちゃん…あんた、やっちゃんだよねえ?」
    などと訊かれたので両手を顔の横で振りながら「やっちゃんだよぉ」と答えたら、祖母は困り顔のまま電話ごしの会話に戻る。
    祖母「あのぉ、やっぱり間違いじゃないですか?孫はここでお菓子食べているんですけど…あ?切れたわ」
    この辺でようやく何か変だなと思う自分、アホ。
    私「どうしたの?誰から電話?」
    祖母「それがねー、警察からだったの。やっちゃんが小学生を車ではねたって。でもあんた、ずーっとここにいるしねえ。間違い電話だよねえ」
    私「ばあちゃんそれ、オレオレ詐欺だわ」
    祖母「えーっ、ほんとにあるんだねえ。びっくりだ。良かったよ、今日はやっちゃんが居てくれて。お休みでも家にいる子で助かったよお」
    良かった良かったと繰り返しながら祖母は自分の部屋に戻った。
    この件でやっぱり貴重な休日は家で引きこもっていたほうがいいと確信したので今後も私は外出しないぞと、喪女が心に決めた日でした。

    21 :名無しさん@おーぷん
    祖父母が建てた家を祖父母がお金出してリフォームしてくれて現在私祖母と同居中(祖父は数年前に他界)。
    ほんの数日前、突然大量の段ボールが義実家から送られてきてその日の夜旦那に、「うちの両親が俺達夫婦と同居したいって言ってるからこの家に呼ぶね!おばーちゃん(私祖母)は施設に行って下さい!とりあえずはウィークリーマンション借りてあげたのでそっちへどうぞ!」と。
    なんの相談もされてないしこの家の名義は祖母だし義両親との同居は祖母が亡くなったらって事で話付いてたよねって頭ぐっちゃぐちゃ。
    いろいろ話したけど旦那宇宙人か?ってぐらい話通じないw
    「荷物送っちゃえばなんとかなるよね☆」てな考えで義両親に送らせたみたい。
    混乱する祖母を説得しだした旦那をどうにか追い出して義両親に電話。
    どういうつもりかと聞けば、どうやら義実家の近所に住んでる義母の子供時代からのライバル的幼馴染みが同居しだしたらしく、「あたしも同居!あいつに負けてられない!」で旦那をけしかけたっぽい。
    「おばーちゃんには申し訳ないけどぉ〜、でもどうせあたし達が住んで あ げ る 事になるんだからぁ〜w予定がちょっと早まっちゃっただけだからぁ〜。ね?w」と、だからとっとと婆を追い出せと言わんばかりのニュアンスてわ喋ってたわ。
    ひっきりなしに旦那からは「なんで俺を追い出すの??」「将来的には俺の親と一緒に住むって約束したよね?守るつもりなんてなかったって事なの??」「勘違いしてるみたいだけどおばーちゃんを放り出すわけじゃないんだよ?ウィークリーマンションも借りてあげたし施設も探してあげるんだよ??」ってくるし…。
    私が話をしても通じないから共通の友人や旦那の尊敬する先輩に事情を話して説得してもらったんだけど、誰もが「あいつダメだわ。もうあいつの中ではお祖母さんがいなくなった家で自分と嫁ちゃんと両親で仲良く暮らしてる光景しか見えてないよ。」とお手上げ状態w
    何ヶ月説得しても効果がないから良い加減キレて、「子供の頃に両親亡くして、代わりに私を育ててくれた祖母をないがしろにするなら離婚する。」って宣言したら旦那大慌てで「そんなつもりじゃないのに!みんなが幸せになれる道を探した結果なのに!」とかなんとか言ってた。
    「みんなっていうのはあなたとあなた両親の事?」って嫌味のつもりで言ったら「え?そうだけど?え?」って、何がおかしいの?って感じだったから離婚決意したw
    旦那も義両親もすんごくごねてたけど弁護士さんがポツッと、「この家の主はお祖母様であってあなたでは無いんですけどね…。」って言ったら何故か驚愕の表情→シュンとなって離婚成立。
    なおもキャンキャン言う義両親に「俺らが非常識なんだ!もうやめてくれ!俺も父さん達もおかしい事言ってんだよ!」って怒鳴って引き摺って帰っていった。
    自分のせいで孫が離婚…と凹んだ祖母が体壊して入院したりもあったけど今では元気になって退院してる。

    346 :名無しさん@おーぷん
    何年か前の祖母が大往生で亡くなって葬儀をしたんだ
    丁度、同じ時間帯で隣でも葬儀をやっていたんだが同じ苗字の家だった。
    しかも祖母の名前と一文字違いだった。
    式場の人、遺族や参列者、皆混乱!
    名前の確認をしっかりして参列者の案内をどうにかこなした。

    葬儀が終わり今度は火葬場へ移動。
    地元には火葬場が一箇所しかないからお隣の方々とかぶるのは仕方ないと思った。
    そしたら、今度は先客の方々がいらしたんだ。
    別の葬儀場で葬式をあげた『同じ苗字』の人たちが……
    今度は火葬場の方々が混乱!
    なんとか事なきを得て最後までいって終了となった

    今でも家族みんなでなかなかないことよねーって話になるな

    365 :名無しさん@おーぷん
    小学生の時に田舎の祖父の家に夏休み遊びに行って、熱射病になった。

    庭で遊んでたら急に汗がザーッとひいて、目眩みたいな感じで、頭痛も始まり気持ちが悪くなった。

    家の中に居た祖母と母に「気持ちが悪い」と訴えると二人とも「食べすぎだよ!」と叫んで、体を冷やさずに寝てなさい!と、クーラー切った部屋で毛布までかけられて寝かされた。

    気持ち悪いのに水分摂るなんてとんでもない!
    寒気がしてきた?風邪よ!(布団を追加される)

    結局三日くらいふらつきながら病院行くこともなく、なんとか自力で治った。

    運動部とかじゃなかったから気がつかなかったけど、大人になってからアレは熱射病?と思うように、なった。

    薬局に就職して知識は身に付いたけど、いまだに母と祖母は「風邪や下痢の時は水分摂ってはダメ」教信者。

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