祖母

    787 :名無しさん@おーぷん 2017/01/08(日) 12:45:11 ID:qSW
    両親が長らく海外赴任していたので、幼いころから祖母の家に預けられてた
    祖母は決して悪い人ではなく、むしろ私のことを溺愛してくれてたんだけど
    「せめて二重だったらねぇ」と不憫そうに私の顔を見て言うのが嫌だった
    両親も祖母も、亡くなった祖父も皆外人みたいなぱっちり二重だったから
    久しぶりに会えた両親にまで「せめて二重だったら」を言って
    しかも両親も「本当にねぇ」と気の毒そうに言うので泣きそうになった

    でも私が二重にすると言い出すと「親からもらった顔にメスを入れるなんて」と
    祖母・両親ともに大反対
    相変わらず「せめて二重なら」と言われ続けて自分の顔に自信が持てなくなり
    典型的な暗い喪ブスキャラになった

    就職して初めてお給料をもらった日に、祖母・両親にプレゼントを買うつもりで
    4人でデパートに行った
    店員さんが「あら、可愛らしいお孫さん」とお世辞を言ってくれたのに
    祖母・両親ともそろって「悪くはないんだけど、でも目がねぇ・・・」と残念顔

    これにプチンして、夏・冬のボーナスで二重の手術をした
    美容整形に行ったら「あなたの瞼は眼瞼下垂という病気。結構重症で、視力にも影響が
    出ていると思うので手術したほうがいい」と言われて超びっくりした
    病気だから保険が適用されて、両目併せて10万弱で二重になった

    帰宅して縫い目のある手術痕を祖母・両親に見せると激怒していたので、
    「あんたらが散々いじめてくれた一重は病気だったんだって
    誰のせいで今まで苦労したと思ってるんだ」と大暴れしてやった

    家を飛び出して、手術代で浮いたお金でビジホ借りて、そのまま一度も帰らずに
    社員寮に転居してやった
    会社では整形うんぬんでひそひそされたけど無視して、正義感の強い子にだけ
    眼瞼下垂のことを告白したら、その子がスピーカーになってくれて
    「病気の治療で二重になった人を整形扱いするのはどうなの?」という風潮になり
    いつの間にか沈静化した

    祖母・両親は今でもたまに手紙を寄越して帰ってこいだなんていうけど
    皆の希望通り「せめて二重」になったら人生が明るく開けたような気分になって
    彼氏もできて楽しいので絶対に帰ってやらない

    683 :名無しさん@おーぷん 2016/03/31(木) 09:00:28 ID:XS5
    書き込んだ後に、黒い過去、ってより、単に人には言えないことなだけだよな
    スレ違いだとてくよくよ考えてたら、思い出した過去。

    忘れてたくらいなので、まったく後悔はしてないんだけども
    父方祖母に大けがさせた。

    当時、父方祖父母と同居だったんだけど、お約束のクソトメだった。
    が、父はもちろん母もエネミーで、ハイハイ従っていた。
    調子こいた祖母は、やや体が不自由になり、ボケがはじまり介護が必要になっても
    傲慢に振舞っていた。
    母は疲労困憊しながら自宅で祖母の面倒を見ていて、当時学生だった私は
    とても腹が立っていた。
    なので、母のいない隙に祖母をいびり倒してた。
    積極的に、おばあちゃんは見ておくから買い物に行ってきなよ、とか言って
    家に2人きりになる時間を作ってた。
    その隙に、うんこ臭い、頭がパー、地獄に落ちる、とかいろいろ祖母の嫌がることを
    延々言い続けた。
    もちろん、父母や通いのヘルパー、近所の人に言いつけられたが、
    祖母のもともと物事を大げさに言う性格と、痴呆で妄想が出ていたこと
    私の外面のよさ、まだ子供だったことで、
    祖母と孫で喧嘩して仲がいいのねwという扱いだった。
    ある日、カッとなった祖母が殴る真似をしてきたので、腹がたって突き飛ばしたら
    転落してしまった。うずくまって動かないので、困って救急車を呼んだ。
    「大きな音がして見に行ったらおばあちゃんが倒れてた」と言った。
    打ち所が悪くて、あちこち骨折していたけど、年寄だったし一人で転んで
    変な倒れ方をしたからだ、と医者が言ってみんな納得した。
    祖母は、孫が、孫が、とだけ繰り返したけど、看護師さんはじめみんなに
    お孫さんがいて良かったねぇ、と言われるばかりで、正直、ざまぁwと思ってた。
    それがきっかけで、祖母は入院して、その後、病院から直で施設に入り二度と家には戻ってこなかった。
    良かったなぁ、と思ってる。けど、さすがに人には言えないw

    283 :名無しさん@HOME 2017/11/24(金) 21:30:52 ID:r10szS2vh
    厳密には修羅場とは違うかもしれないけど、
    さっき行った店で「トイレの神様」が流れてるの聞いてわーっとフラッシュバックして誰か知らない人に聞いてもらいたいから
    あの歌の歌詞と同じように実家と敷地内の小さな離れで、私は祖母と暮らしていた
    母屋には親と妹弟が住んでた。お風呂は母屋にあって、離れには和式トイレと小さな台所と畳の部屋が2つ
    その頃は特におかしいとは思わなかった、祖母はとても可愛がって育ててくれた、あの歌みたいに
    大きくなって母に聞いても「下が性別の違う双子で育てるのが大変だったから、あんたの世話をお婆ちゃんに頼んだ」と説明されて納得してた
    でもそれは半分嘘だった
    あと、祖母は父の母だとなんとなく思っていたが、母の母だった
    聞かなきゃ実の母子だと感じないくらい淡々と他人行儀だったんだ

    祖母がタヒぬ前に少しボケてて、私のことを「自分の子」て言った
    心に引っかかったまま誰にも言わなかったまま祖母は他界、私は県外へ就職した
    実家の親とはなんとなく疎遠になってて父が危篤だと呼ばれて久方ぶりに地元に戻った
    父はなくなって、お通夜で聞いた話で謎は全て解けたがとんだ羅刹の家だった

    祖母は早くに夫をなくして女手一つで一人娘の母を育てた
    祖母の年下の恋人を母が寝取った、それで出来たのが私
    デキ婚の責任を取って父と母は結婚したけど祖母と父の関係を疑って妊娠中の母が精神を病んだらしい
    出産して帰ってきても自分の産んだ子だと認めないで、祖母の子だと言い張る
    近所の好奇の目もあるので引っ越して今の家に住んだんだそう

    私と祖母が目の前から消えたので母は快方に向かい、妹弟(双子)が生まれて完全に治った
    でも私を戻す勇気も踏ん切りもつかないまま、祖母が可愛がるから任せていたと

    後年はボケが始まって祖母も少し心を病んでいたのか私を父と自分の間の子だと思いこんでたらしい

    母が何でぶちまけたかというと父が亡くなって身の回り品を片付けていたら祖母の写真と遺骨のかけらがあったんだそう
    写真の裏に「棺に入れてほしい。ごめんなさい」と書いてあったそう
    「絶対一緒に入れるもんかと思って病院の給湯室のゴミ箱にちぎって捨てた」と母が言う

    母とも祖母とも関わりを絶ちたくて、全て弟妹に任せてそれきり地元に帰ってない
    付き合ってる人もいるけど結婚は実家に挨拶とかイヤなので考えてもない

    923 :名無しさん@HOME 2012/03/13(火) 11:45:33 0
    自分が実家から離れて東京の大学に行ってた頃の話。
    夜の11時に母から電話があって、「妹が壊れたよww」とハイテンションな
    電話がかかってきた。数時間前、その当時家で母と妹に介護されていた祖母が風呂に入って
    いて、浴槽の中で立ち上がれなくなってしまったらしく、母と妹で抱えだそう
    としたができず、父に加勢を求めたが「自分の母親のネ果を見たくない」と拒否。
    バスローブを着せても拒否され、とうとう近所の親戚の方を呼んでなんとか抱えだした。
    父は親戚にヘラヘラ礼を言って早々に奥に引っ込んだ。と見せかけて出かけてた(飲みに行った。)
    あきれ返って母が脱力していると妹が米袋をもって目の前を通っていった。
    すぐゴンゴン音が聞こえていってみると、父の部屋でテーブルに米袋を置いて
    上からハンマーでたたいていた。瀬戸物のコレクションが入っている飾り棚は戸が全開。
    おばあちゃん寝てるから静かにね。と声をかけ、そして私に電話が来た。
    深夜ほろ酔いで帰ってきた父は、部屋から戻ると階段に座ってうなだれていたそうです。
    母曰くこのことがあって、ようやく祖母を施設に入れる決心がついた。らしい
    祖母の3回忌なのでカキコ

    146 :名無しさん@おーぷん 2015/09/24(木) 15:31:25 ID:Nfd
    話切ってしまって大丈夫かな?
    敬老の日にちょっとしんみりしたこと。

    大正生まれの祖母は、昔気質の祖父と二人で働き詰めの人生で
    出かけたり遊んだりということがほとんどなかったんだけど、
    祖父が亡くなったあと、地元のお寺がお年寄りを集めて
    御詠歌歌ったり食事したり体操したりという、デイサービスのはしりの
    ような事業を始め、そこに通うようになって、友達も増え、
    日曜とかにもおばあさんたちで出かけたりするようになった。

    午前中にミニハイキングやお寺の奉仕活動で体を動かし、
    昼食をとりお茶飲んで駄弁って帰るということが多く、
    祖母はそれまでほとんど経験のなかったランチや喫茶店に
    すっかりはまってしまった。

    でも、ひとりで行くのは気恥しかったのか、よく私が誘われて
    一緒に行った。たぶん「孫にせがまれて来ている」風にしたかったんだろう。

    ちょうどその時期に私の地元も開発が進み、チェーン店のお店が
    進出してき初めた時期だった。目新しい店ができると、おばあさんたちで
    行ってみたりしたらしい。
    でも、横文字が苦手な祖母は、新しいお店の名前を覚えられず、独自解釈していた。

    189 :おさかなくわえた名無しさん 2009/08/05(水) 11:51:06 ID:MeMrsFVI
    祖母のお葬式の時、
    棺桶で寝ている祖母に花を手向けようと、棺桶の足元から近づいた瞬間、
    手前2メートルくらいでつまづき、足がもつれたまま体勢を整える事が出来ず、棺桶の上に倒れ込みそうになった。
    とっさに祖母に手を突くのだけは避けようと、手を広げて棺桶の両横板の上に片手ずつつき、
    ちょうど祖母の上で腕立て伏せをするような体勢に。
    その瞬間、ベリメリッという音とともに横板が両方とも、バラけてしまったではないですか。
    もう家族・葬式業者ともども大慌てで、葬式まで時間がないから新しい箱は用意できず、
    「とりあえずガムテープ用意しろ」
    「ガムテープはないだろ、釘は無いのか」
    「金属は焼いた時残るので困ります」
    「ロープで縛れ」
    「見た目がガムテープより悪いだろ」
    「どうせすぐ焼くし」
    「花で隠せ」
    などと慌てふためく中、なるべく邪魔にならないように端っこで土下座してました。
    結局、棺桶は裏側からガムテープで止め、式の間、寄り添う風に見せかけ支え、運ぶ際は家族が必タヒの形相で抑え合い、なんとか無事に終了。
    息の合った家族の連携プレーに、きっとお婆ちゃんも喜んでると思う。
    いや本当にごめんなさい。

    445 :おさかなくわえた名無しさん 2008/07/23(水) 20:46:10 ID:1nwSJRu7
    学生時代は漫画アニメ部に所属し、特に友人も居ず、クラスの男子からは無味無臭の気体くらいに思われていたと思う。
    卒業文集の、みんなのあだ名欄にも、あだ名欄にも関わらず『〇〇さん』と書いてある程度の女子でした。
    一ヶ月後の同窓会の案内が来て、行くつもりは毛頭無かったけど、親が『家から出ないとお小遣いやらない』と言うので行く事にした。
    祖母に、同窓会に行く事にしたと伝えたら、目頭を押さえて喜んで「これで準備しなさい」と50万円くれた。
    それを見ていた母が「それは全部準備に利用しなさい、レシートは必ず提出しなさい。漫画なんか買ったら毎日麦飯にする」と脅すので、麦飯は嫌だから準備に使う事にした。
    服屋に行って派手なお姉さんに「同窓会に行く感じ・無理してない感じ」と伝えて、上から下まで揃えてもらった。
    家で着たら、露出が多くて腕毛と足毛と脇毛と背中毛がフサフサなので、エステに行ったら、あれもこれもとプランを組まれて、眉毛ごっそりとヒゲと、なんかケツの毛まで抜かれた。
    化粧品なんてビオレとニベアしか持ってなかったので、当日、髪を切たり染めたり・ついでにメイクもしてくれる所に行って「全部おまかせします」と言っていじってもらった。
    つけまつ毛痒い。口がヌラヌラする。髪がサラサラで頬に刺さる。
    その格好で一度家に戻ったら、祖母が大喜びして玄関先で家族皆で写真を取る事になった。
    なんか父が涙ぐんでた。
    娘や孫の見た目が変わるのがそんなに嬉しい事なのかと、かなり衝撃を受けた。私は愛されているんだな。
    皆で玄関先まで見送りに出てくれた。ちょっと恥ずかしかった。
    予定通り、同窓会は嫌なので駅前漫喫でくつろぐ。そろそろ帰る。

    987 :名無しさん@HOME 2006/05/08(月) 13:11:53
    よくある話かもしれないけど。
    近所に住む祖母と仲良しのばぁさんが、祖父の愛人で私の実の祖母だった。
    ばぁさんは父を産んだが、跡取りに恵まれないという理由で本宅に奪われたらしい。戸籍上は実子として届けられたみたい。
    たまたま耳に入った会話で知った事なので、このまま知らない事にしようと思う。
    私の出産の時にそのばぁさんが病院にまで来たのを正直ウザイと思ったけど、曾孫の顔なら見たいよね…

    755 :名無しさん@おーぷん 2018/04/11(水) 19:52:10 ID:RlV
    里帰りで二ヶ月の双子育児中。
    うちの子たちは沐浴の時にご機嫌で入る日もあればギャン泣きすることもある。大体半々くらい。
    案の定、今日の沐浴で2人ともギャン泣きして祖母がどういう入れ方してるんだと怒鳴り込んできた。

    ギャン泣きしないように、ガーゼを身体にかけて
    声をかけながら2~3分かけてゆっくりお湯に入れる。
    顔と首と脇は嫌がることがあるから入れる前に濡れガーゼで拭いてる。

    泣く時は、ノリノリで入ってガーゼから腕を出す→びっくりしてギャン泣き
    足癖が悪くて足だけ暴れる→びっくりしてギャン泣き
    のパターンが多い。

    かなり慎重に入れてるけど、やっぱりどうしても泣く時は泣くし、ご機嫌な時は一切泣かない。
    一緒に風呂入るのは訳あって無理。

    赤ちゃんが泣くたび虐待だなんだと言ってくる祖母。
    母は色々手伝ってくれてるから家戻ってワンオペになるのはかなり痛いけど
    祖母がストレスすぎるからはよ戻りたい。
    新感線の指定席、もっと早い日にちのやつ買えば良かった…

    150 :名無しさん@おーぷん 2018/03/13(火) 16:42:26 ID:k4a
    同居の祖母の神経がわからん。
    私と祖母以外働いてるか学生やってる。
    私はちょっと厄介な病気持ちでフルタイムでの就職が厳しいから父の扶養の範囲に収まるくらいの時短勤務で働いてる(週4で9時から15時、休憩1時間だから実質週20時間勤務)
    祖母は定年退職してから悠々自適の年金暮らし。
    他の家族より働いてる時間も家に入れるお金も少ないから家事は私と祖母で分担。
    私→朝食&弁当作り、洗濯、洗濯干し、家の掃除、夕食の片付け、ゴミ出し
    祖母→お風呂掃除、洗濯取り込み、洗濯畳み、夕食の準備
    祖母ももう腰痛やら腱鞘炎やらって身体にガタが来てるから基本重労働系は私がやるようにしてるのと仕事との兼ね合いでこんな分担。
    他の人も休みのときには手伝ってくれるしそのことに不満はお互いない。
    けど、何日かに1回祖母が自分の担当の家事を私にやらせようと画策してくる。それはまあ別にいい。
    身体がしんどいときもあるだろうし私も自分が持病の治療で通院しないといけない日は祖母に交代頼んだりするし。
    でも頼み方が気に食わない。できない(やりたくない)なら素直に「○○代わってくれる?」とか頼めばいいのに
    「私ちゃん、今日お風呂はいるよね…?
    入るなら洗わなきゃだよね…あーきついなあ。昨日洗ったから今日洗わなくていいかなあ。でもきついなー。私ちゃんやるやろ?」
    素直に頼めよ。一事が万事全部こんな調子で頼んでくるから腹が立つ。微妙に察してちゃんな言い回しで言ってくる癖に最後は「やるやろ?」ってさも代わって当然な感じで言ってくるのが腹が立つ。
    しかも代わってもお礼も言わないし。
    私頼むときいっつも頭下げて頼んで恩着せがましくネチネチ言われてお礼まできっちり言ってるし別日に代わったりして穴埋めしてるのになー。
    物の頼み方知らないのかなー。
    ほんと、神経わからん。

    345 :彼氏いない歴774年 2011/10/13(木) 21:57:42 ID:+E34ymBJ
    祖母宅で庭の栗をとっていたら落下してきた栗が右目を直撃、眼球に棘が刺さったこと。
    眼科行ってベノキさしてもらって一本一本ピンセットで抜いてもらった。
    13本刺さってた。
    さらにこんな間抜け自分くらいだろうと思っていたら、去年もいたよというから衝撃。

    845 :名無しさん@おーぷん 2015/06/16(火) 20:52:14 ID:4ve
    震災で親が会社の対応でいない時を見計らって「お前の親は生活費の他に小遣いをよこしもしないクソ野郎だ」「お前はクズの子だからクズだ」と延々言い続けたり、
    俺のモノを勝手に捨てて「捨ててあげたんだから感謝しろ」といったり、散々やってくれた祖母に復讐した。

    復讐方法はいたってシンプル。暴言をすべて録音。それを全てぶちまけてきた。
    親戚、入信してる宗教の関連の人、知人・・・全てに録音を聞かせてきた。

    距離とかの問題で目の前で聞かせられない人には音声データとしてメールで送った。
    祖母は必タヒで言い訳したが、今までのほかの人の悪口を風潮してる録音も聞かせたので見方になる人は皆無。

    「自分は神様を心から信じてる」「自分は正しい」「みんなが認めてくれてる」
    そう言ってた祖母が周りからの信用を失って孤立していくのは見ていて楽しかった。
    そして、こういうタイプの人間は「周りから人が消えて孤立するのが最も精神的に堪える」ってことも学べた。

    今でも何かあるたびに録音データを耳の悪い祖母でも聞こえるような音量で流してる。
    その度に発狂し、涙を流して聞こえないふりをしてる。多分そのうち精神的に壊れるだろう。
    それまでずっと続けるつもりだ。その時が楽しみでしょうがない。

    161 :名無しさん@HOME 2011/07/15(金) 17:56:35 0
    ばーちゃんネタ続きますけどいいですかありがとうございます
    母と私で同居祖母にしたDQ。

    自分が陰気な性格だからか、何かと派手なものを嫌う祖母。
    母は派手な顔立ちで、原色系の服でも違和感無く着こなすのを気に食わず
    「嫁の癖に赤なんか着て」とかネチネチ言う。
    白地に薄い黄色の模様がすこーし入ってるようなのでもそれはしつこく言う。

    母だけじゃなくて私にも「裾が短い」「(指で擦るように触りながら)生地が悪い」
    「(普通のローライズに)尻の穴まで見えるわ」とかいちいち気持ち悪い。
    母は服装チェックを嫌がって洗濯物も祖母から見えないように干してたけど
    それも引っ張り出していちいちチェックする。そしてブツブツ言う。
    本人に「気持ち悪いからやめて」と言っても何の効果も無くイライラがピークに。

    衣替えの時に「肌着が古くなったから買ってきなさい」と言われたので
    母と一緒にユニクロとか何件も回って、肌着靴下ズボンブラウス全部黒一色のを買ってきてやった。
    「葬式みたいな色買ってきて!タヒねというんか!」と言うので
    母「お義母さんはどんな色も派手だというのでこれしかないと思いました」
    私「心配しなくても葬式のときはちゃんと白を買ったげるよ」と返して黙らせました。

    そこまでしなくても、と渋る母をたき付けた私がDQです。むしろ母よりスッキリしてしまったよ。

    317 :名無しさん@おーぷん 2017/11/04(土) 14:39:05 ID:nLi

    だいぶ昔の話し。
    当時父が長期単身赴任でいなかったとき祖母が脳溢血で倒れた。
    幸いにして処置が早かったけどこん睡状態で、病院側から症状がこれ以上変らなかったらどうするか決めておいてくださいって言われた。

    生命維持装置をつけるか・つけないか

    つけたらタヒぬまで絶対はずせない。昏睡状態のまま数年、数十年そのままなんてこともあるらしい。
    つけないと症状が悪くなったら多分、そのまま亡くなるとは言われなかったけど、そういうこと。

    私にとっては祖母だけど母にとってはトメだからやたら判断できない。父に即連絡したけど連絡がなかなか取れなかった。
    ちなみに出張先は海外で、そんなに遠くはないけど、仕事的に簡単に帰って来れない感じ。

    血がつながらない人の生きタヒにを任せられるって、かなり重い。
    二人でどうしようどうしよう言いながら父の会社の人にも連絡して、ようやく電話が来たんだけど、父は父で焦ってたのかなんなのか
    「そのときの状況で判断が変るからお前たちが見て判断しろ」とか言った。超無責任に。

    「あなたのお母さんでしょ!」
    って母がぶちきれた。私だって判断任されたって困る。何かあったって責任取れないし。それ以前に祖母は入退院繰り返してたから、
    お金も労働力もかかるの分かってたしね。

    次の日に祖母が無事目を覚ましたので装置の話はなくなったけど、そのときの心の中は本当にどうしよう、の一言だったよ。



    481 :名無しさん@おーぷん 2017/08/26(土) 12:00:31 ID:30Q
    父は重度のマザコンだけど片思いのマザコン。
    祖母が好きなのは長男と末娘だけで、中間子の父に興味がない。
    その子供である私達にも興味がない。
    父は何とか祖母に振り向いてもらおうと、私達をいろんな塾へ行かせ、勉強スケジュールを管理し
    私達をいとこ達より優秀にしようとした。
    私達が賞を獲ったりいい成績をおさめるたび父は意気揚々と私達を連れて
    祖母に報告に言った。
    でも祖母は「フーンすごいね」だけで、「それよりいとこちゃん達はこんなに可愛い」と自慢。
    子供でも好かれてるかそうでないか位わかるわけで
    兄私弟は祖母家に行きたがらなくなったけど、父だけは「何とかして認めてもらうんだ!」と
    祖母に愛されるための道具に私達を使おうとした。
    母が生きてるうちはまだストッパーがいたが、弟が中1の時母が事故タヒ。
    悪化した父を見捨てるように兄は家を出て、県外から私と弟を支援してくれた。
    その後も臨床工学技士を目指し大学に通う私を
    「おばあちゃんの介護のために介護士になってくれ」と泣きながら一晩中説得してきたり
    祖母が気に入って出入りさせている庭師の後妻にさせようとしたり
    無茶をやってきたが、そのたび兄に連絡して助けてもらった。

    復讐は、私の結婚式でバージンロードを一緒に歩き、その写真を祖母に贈ろうと楽しみにしていた父の目の前で
    兄とバージンロードを歩いたこと。
    「長いこと母親役であり父親役でもあった兄にその役目を頼むのは当たり前」と主張したら
    伯父も叔母も祖母も「そりゃそうね」と同意した。
    祖母にも伯父にも強く出られない父は私と叔母にだけファビョり、伯父と兄にシメられていた。
    しょぼい復讐だろうけど個人にできるのはこの程度と、父とできるだけ疎遠になるくらいだ。
    でも祖母に「バージンロードを兄と歩く=妥当」と認定された瞬間の
    父の表情にはスカっとさせてもらったからいいや。

    402 :名無しさん@おーぷん 2017/08/11(金) 09:04:53 ID:PQY
    先日祖母の米寿のお祝い会があって、宴の中盤で「じゃあみんなからばあちゃんになにか一言ずつ」ということになった
    途中まではみんな当たり障りのないお祝いメッセージだったんだけど、流れが変わったのは父のターン
    「僕は親父から殴られ疎まれ、非人間的な扱いを受けてきた。でも母ちゃんがいつも身を挺して庇ってくれたおかげで、こうして少しはまともな人間になれたと思う。親父が出ていった後は女手ひとつで大学まで行かせてくれて、今の僕があるのは全部母ちゃんのおかげで…」
    とまぁこの辺から嗚咽で言葉にならなかった
    続いた叔母も「お父さんは『女は勉強なぞするな。金の無駄だ』って人だったけど、お母さんが『女も資格があった方が良い』って言ってくれたおかげで大学に行かせてもらいました。感謝してもしきれません」と涙声
    そこからはみんな釣られちゃって、お菓子もらったとか子供の頃いたずらして怒られたとかそんなエピソードでもわんわん泣きながらスピーチしていた(私もその一人)

    祖母は終始ニコニコしていて良い会だったんだけど、冷静に思い返すと顔も見たことのない亡き祖父が(時代背景もあるのだろうけど)なかなかのクズだったというエピソードが満載だった気がする
    そのことを父にこぼしたら「お祝いの席だからあの時はオブラートに包んだけど」という前置きとともに、さらなる祖父のクズエピソードがボロボロ出てきた
    長年教育者を務めてきた父の口から「あいつは何も善行らしきことをしてなかったけど、早めにタヒんでくれたことだけは感謝してる」という言葉が出てきたのが最大の衝撃

    54 :1/2 2010/10/23(土) 20:48:08 0
    子が言ったというか私が言ったというか自爆乙というか。

    トメは子に自分を「まーちゃん」と呼ばせている。
    グランドマザー→まーちゃんらしい。
    こないだ義実家へ行った時に、何かの拍子で子が「おばあちゃん」と口にした。

    トメ「おばあちゃんじゃなくてまーちゃんでしょ」
    子「まーちゃんいらん!おばあちゃん行ったの!」
    私「そうね、昨日おばあちゃんのおうちに行ったのよね」
    トメ「おばあちゃんって何なの?」
    私「私の母に決まってるじゃないですか。この子のおばあちゃんですよ」
    トメ「あちらのお母さんのこと、おばあちゃんなんて呼んでるの?」
    私「ええ。おばあちゃんですから」
    子「おばあちゃんよねー」

    213 :名無しの心子知らず 2014/03/03(月) 20:57:59.30 ID:I8guahUf.net
    祖母の名前をいただきます。尊敬する絵本作家でした。
    ルルといいます。漢字を調べましたら、いろいろ出てきたのですが瑠々が可愛いと思いました。
    夫婦別姓ですので名字は日本の名字ですが。

    706 :名無しさん@おーぷん
    日曜日に出勤したので今日は代休とって一日中、家にいた。
    リビングで柿の種食いながら録り溜めてたバラエティー見てクスクスしていた午後3時頃、祖母(70代後半)が電話持ってこんな(´・ω・`)顔でやってきた。
    「やっちゃん…あんた、やっちゃんだよねえ?」
    などと訊かれたので両手を顔の横で振りながら「やっちゃんだよぉ」と答えたら、祖母は困り顔のまま電話ごしの会話に戻る。
    祖母「あのぉ、やっぱり間違いじゃないですか?孫はここでお菓子食べているんですけど…あ?切れたわ」
    この辺でようやく何か変だなと思う自分、アホ。
    私「どうしたの?誰から電話?」
    祖母「それがねー、警察からだったの。やっちゃんが小学生を車ではねたって。でもあんた、ずーっとここにいるしねえ。間違い電話だよねえ」
    私「ばあちゃんそれ、オレオレ詐欺だわ」
    祖母「えーっ、ほんとにあるんだねえ。びっくりだ。良かったよ、今日はやっちゃんが居てくれて。お休みでも家にいる子で助かったよお」
    良かった良かったと繰り返しながら祖母は自分の部屋に戻った。
    この件でやっぱり貴重な休日は家で引きこもっていたほうがいいと確信したので今後も私は外出しないぞと、喪女が心に決めた日でした。

    21 :名無しさん@おーぷん
    祖父母が建てた家を祖父母がお金出してリフォームしてくれて現在私祖母と同居中(祖父は数年前に他界)。
    ほんの数日前、突然大量の段ボールが義実家から送られてきてその日の夜旦那に、「うちの両親が俺達夫婦と同居したいって言ってるからこの家に呼ぶね!おばーちゃん(私祖母)は施設に行って下さい!とりあえずはウィークリーマンション借りてあげたのでそっちへどうぞ!」と。
    なんの相談もされてないしこの家の名義は祖母だし義両親との同居は祖母が亡くなったらって事で話付いてたよねって頭ぐっちゃぐちゃ。
    いろいろ話したけど旦那宇宙人か?ってぐらい話通じないw
    「荷物送っちゃえばなんとかなるよね☆」てな考えで義両親に送らせたみたい。
    混乱する祖母を説得しだした旦那をどうにか追い出して義両親に電話。
    どういうつもりかと聞けば、どうやら義実家の近所に住んでる義母の子供時代からのライバル的幼馴染みが同居しだしたらしく、「あたしも同居!あいつに負けてられない!」で旦那をけしかけたっぽい。
    「おばーちゃんには申し訳ないけどぉ〜、でもどうせあたし達が住んで あ げ る 事になるんだからぁ〜w予定がちょっと早まっちゃっただけだからぁ〜。ね?w」と、だからとっとと婆を追い出せと言わんばかりのニュアンスてわ喋ってたわ。
    ひっきりなしに旦那からは「なんで俺を追い出すの??」「将来的には俺の親と一緒に住むって約束したよね?守るつもりなんてなかったって事なの??」「勘違いしてるみたいだけどおばーちゃんを放り出すわけじゃないんだよ?ウィークリーマンションも借りてあげたし施設も探してあげるんだよ??」ってくるし…。
    私が話をしても通じないから共通の友人や旦那の尊敬する先輩に事情を話して説得してもらったんだけど、誰もが「あいつダメだわ。もうあいつの中ではお祖母さんがいなくなった家で自分と嫁ちゃんと両親で仲良く暮らしてる光景しか見えてないよ。」とお手上げ状態w
    何ヶ月説得しても効果がないから良い加減キレて、「子供の頃に両親亡くして、代わりに私を育ててくれた祖母をないがしろにするなら離婚する。」って宣言したら旦那大慌てで「そんなつもりじゃないのに!みんなが幸せになれる道を探した結果なのに!」とかなんとか言ってた。
    「みんなっていうのはあなたとあなた両親の事?」って嫌味のつもりで言ったら「え?そうだけど?え?」って、何がおかしいの?って感じだったから離婚決意したw
    旦那も義両親もすんごくごねてたけど弁護士さんがポツッと、「この家の主はお祖母様であってあなたでは無いんですけどね…。」って言ったら何故か驚愕の表情→シュンとなって離婚成立。
    なおもキャンキャン言う義両親に「俺らが非常識なんだ!もうやめてくれ!俺も父さん達もおかしい事言ってんだよ!」って怒鳴って引き摺って帰っていった。
    自分のせいで孫が離婚…と凹んだ祖母が体壊して入院したりもあったけど今では元気になって退院してる。

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