祖母

    454 :名無しさん@HOME 2016/08/12(金) 17:12:50 0.net
    来年結婚する彼に助けられた件を。

    私の両親は私が子供のときから二人とも不倫をしていて、親がほとんど家にいない生活だった。
    兄と違ってプレゼントやお年玉をもらえず、誕生日を一度も祝ってもらえなかった。
    女だからという理由で父方の祖母から虐待まがいのいじめを受けていた
    なんとか奨学金を得て専門へ進学したけど、奨学金を祖母に使い込まれてバイトしながら必タヒで卒業できた。

    社会人になったら、祖母はパチ代を毎月もってこいと言って
    数万円づつ、取り上げられていた。

    562 :名無しさん@HOME 2005/10/16(日) 16:41:40
    幼稚園のころの話。
    父がひどいDVだった。
    父が帰ってこなかった日の夜明け前、母が
    「お母さんの方のおばあちゃんに会いにいこうね」
    と私を車に乗せた。

    母方の祖母は当時もう亡くなっていたが、幼稚園児の私には理解できておらず、
    もう会えないと言われていた祖母に会えるのが嬉しくてはしゃいでいた。
    車の中で、母とよく遊んだ思い出の歌だと祖母に教えてもらった
    アルプスいちまんじゃくをずっと歌っていた。
    何回目かの歌の途中で、祖母が晩年によく言っていたことを思い出し、母に言った。

    「○○(私の名前)、おばあちゃんに会いにいくのやめる。
    おばあちゃんね、おばあちゃんがいなくなったら
    ○○がおばあちゃんと同じくらいの年になった時に探しに来てねって言ってたよ。
    ○○はまだ五歳だからダメだよ」
    母は車を止め、私を抱きしめて、
    「そうだね、まだ五歳だもんね。一緒におうちに帰ろうね」と泣いた。
    祖母の言葉がなかったら、たぶんあのまま心中していたのだろう。
    あの後すぐに離婚し、今は母も前向きに生きている。

    634 :名無しさん@おーぷん 2018/01/11(木) 12:13:22 ID:79n
    成人式の着物がニュースになっているせいか、自分の時を思い出した。
    愚痴だし長いです。すいません。

    私が育ったのは企業城下町の県庁所在地レベルの地方都市。
    結構貧富の差があって、企業経営者の家族や医師、公務員がカーストの上
    この人達はもともと地元の資産家だったりするから公務員でもそこそこ裕福

    あとサラリーマンや一般商店の中流階級か、でなければ日雇いとかの貧乏な人もいたし、生活保護世帯もそこそこいたなー

    私の進学した高校が地元のそこそこいい学校だから同級生にはお金持ちが多かった。高校の同級生の間では高校卒業祝いに子供に新車をプレゼントする家庭が過半数だったぐらい。
    成人式にあたって、高校の同級生の医師の娘の誰それは何千万かけて用意したとかそういう話が普通に噂話として伝わってくるぐらい。一般庶民の自分は張り合う以前の問題。

    私の場合、どちらかというと下流だから、成人式の着物なんかもともとほしいと思わなかった。それ以前に貧しくて生活必需品にもバイトしないと買えない状態だったので。
    例えば学校に来ていくブラウスとかもボロボロになっても替えを買ってくれないとか、修学旅行があるから久しぶりに下着を買い替えたとか、そのレベルの貧乏。

    この状態で私の母は振袖を買おうとしていたから断固として拒否した。高校の同級生が何百万とか何千万って話が巡っている中で安い着物着るなんて惨めだし、そもそも成人式に意味を感じなかったし。

    私が全く振袖に興味を示さなかったけど、祖母が金を出したからってとうとう母は勝手に着物を買ってきた。着物屋って商売になれば本人不在でも売るもんなんだなと思った。
    しかも恩を着せようとしたから、怒った私はどんな着物か見もしなかったし、成人式もバイトを入れていかなかった。
    さらに私の母はすでに付き合いが無くなっていた小学校時代の同級生の親(美容院経営)を頼ろうとしていたらしい。遅くともお盆までには美容院の予約がいっぱいになると言われていた時代になんとはた迷惑なと思ってとにかく成人式は拒否。

    924 :名無しさん@おーぷん 2017/07/26(水) 13:53:04 ID:8bz
    先日、旦那の祖母が他界して、お葬式に参列するため一家で旦那本家に行った
    旦那祖母は享年95歳で、二か月病気で入院した末皆に看取られてなくなったとかで、
    お歳もあって皆葬儀で大泣きしてるというより、感謝して明るく見送ろうってノリだった

    精進落としの席でウト兄が、「かあさんも大往生だし悔いもないだろ」と言ったら、
    急にバサバサッって新聞振ったような音がして、ウト兄のそばにあった大きな屏風がゆっくり倒れた
    ウト兄が「何だっ」と言った瞬間、床がドーンと揺れた

    何の音だったのか、鳥でも入って来たのか、地震でも起きたのかと大騒ぎしたが、
    結局締めきった部屋の中鳥は見つからず、地震もなかったらしい

    その日は皆怖くてシーンとなってしまいすぐ解散したけど、後日は皆笑いながら、
    「お母さんもいい歳なのにすごい力だったわね、あの屏風重いのに、タヒぬと怪力になるのね」とか、
    「あれはあれだ、○○(ウト兄)が子供の時裏の川で溺れてさ、それ助け行った母さんがそのせいでお腹の子供ダメになって、
    それを○○がすっかり忘れてるから腹立ったんだろ」
    とか色々言ってた

    286 :名無しさん@HOME 2010/06/16(水) 03:37:42 O
    私の母がしたスカ
    介護●話注意

    老齢の為、同居の祖母がよく粗相をするようになった。
    オムツはしてるのだがダラでなかなか替えないので、ひどい時には●も漏れてる。

    で、その汚した下着やズボンを下洗いせず、他の洗濯物の入った洗濯機の底にそっと隠して蓋してしまう。

    洗濯機なんて動かした事のない祖母だから、当然母にバレて仕分けられるんだが、それを見て祖母が逆上した。

    私の下着が汚いとでも?お前等の下着だって多少は●付だろ!?
    嫌がらせか?洗ってしまえば皆一緒だ!と喚く喚く。

    母は大きくため息をついた後、庭にある納屋にこもりゴソゴソと何かを持ち出してきて、鼻息荒い祖母の前にそっと差し出した。
    それは埃をかぶった年代物のタライと洗濯板だった。

    ワケが分からなくてポカーンとしている姉と私をよそに、みるみる顔色の変わる祖母。

    「お母さんおっしゃってましたよねぇ。この子が生まれた時。
    『布おむつを洗濯機で洗うな汚らしい。●まみれの物は心をこめてコレで洗え』って。
    さあお母さん、次はお母さんの番ですよ。
    ●付はタライで洗わなければならないんですよねぇ。お母さんは赤ちゃんと違って自分で洗えましゅよね。
    これからは心を込めてお母さんが自 分で洗ってくださいね。このタライと洗濯板で。」

    祖母は真っ赤な顔して馬鹿馬鹿しいと叫びながら、●付き下着を風呂場で洗った。
    意地でもタライは使わんらしいw

    今ではタライはひっそりと洗濯機の横に鎮座している。
    相変わらず祖母は下着を洗わず洗濯機に入れるが、発見次第父母と私たち姉妹が引き上げ、こっちですよと祖母に一声かけるようになった。

    それから何度か縁側の下や裏庭の植木の影にタライが捨てられているのを発見したが、祖母はそろそろ認知症になっているのだろうか…

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