1 :名無しさん 2014/04/23(水) 21:19:03 ID:NX19MgvU6
    スペック
    高2
    帰宅部 アルバイト
    彼女はいない

    さっき色々と話し合いをして久しぶりに訳が分からず涙が出てきた

    俺はクズ人間なんだと思う

    704 :1 2017/09/07(木) 13:53:39 ID:lMJ
    「仕事ができない友人が70代の老人と不倫」という投稿を読んだんだけど、
    もしかしたらうちのことかもしれない。色々違う部分もあるから確証はないけど。
    うちの父は外面が良くて、地域のボランティア講座が観光ガイドをやっていたから
    先生なんて呼ばれていたけど、とんだモラハラセクハラ親父だったのよね。昔から。
    母や私たち姉妹のことなんて女中としか思っていなかったよ。
    時代もあるので母は離婚に踏み切れずにデモデモダッテを繰り返していたけれど、
    姉も私も独立し家庭を持ち家族の理解も得、母を受け入れる準備は整った。
    ネックは、母がいなくなったら父&父方祖母(性格最悪)が生活できなくなって
    タヒんでしまうんじゃないかということ。母は、寝覚めが悪いからそれは嫌だと言うのよ。
    じゃあ施設にぶち込むか~でもお金がもったいないしな~などと話していたら、
    姉の息子が父の不倫に気付いた。父の不倫はこれが初めてではないんだけれど、今回は
    お相手が42歳で独身の公務員(保育士)、家は近所と云う申し分ない相手だったんだよね。
    父がやっているボランティア講座の受講生で、今は片腕のようにして手伝ってる人だった。

    776 :名無しさん@おーぷん 2017/03/18(土) 12:51:25 ID:EN8
    両親は私が学生時代に離婚した 原因は父の不倫で相手は三十代の女性
    それでも父にとっては若い女性だったらしくうきうきで再婚してしまった
    私の復讐は父の側に残ることで
    父に「出ていって欲しい」と御金を詰まれて頼まれたけど「私の育った家でもあるし」と居座った
    毎日家に来た後妻を「おばさん」「おばさん」「おばさん」と呼び続けた
    家政婦みたいに扱った もちろん父がいないときにね
    父が後妻を真剣に守ろうとする男なら私をすぐにでも追い出したのだろうが、
    それすらできないヘタレだってのは祖母と母の嫁姑の確執を見て見ぬふりをしていたのを見て知っていた
    私が父を恨むのもこのせい 
    祖母の世話を母に任せてそれで家族がこじれたのにその間に不倫していたからだよ!!!!
    後妻は私に負けて半年もたたずに出ていった
    弱ー。母は二十年近く我慢したのにさーと呆れた
    父はしょげかえっていたけど私には怒れない 下半身がだらしないだけのヘタレだからねw
    就職先が決まってから父を置いて出ていった
    バツイチで戸籍には娘が残っていて、貯金を娘に使い果たされ、病気を煩った爺に引き取り手があるんだろうか
    あったらあったで頑張ってね!と相手に言ってあげたい 父と出ていった後妻が目を潤ませていっていた本物の愛(笑)だろうから

    948 :名無しさん@おーぷん 2016/05/17(火) 12:36:06 ID:9sl
    すごく小さい頃にどこか山深い場所の道を、
    何故か後ろ歩きしてる父親に高々と頭上に抱え上げられてて、
    楽しくてキャッキャした記憶がある。

    先日それをふと思い出して、帰省の際に父に言ったら、
    「それは親戚の法事でG県行った時、親戚の家の近所散歩してたら、道を横切る小熊を見つけたお前が
    大喜びでダッシュしようとしたのを捕まえて抱え上げた時だよ」と言われた。

    小熊がいる、ということは当然近くに母熊がいるということらしい。
    母熊は小熊に手を出すモノを許さない。
    その時も母熊が草の陰から私のジッと様子を見ていて、父が私を瞬刹で捕まえて、
    脂汗を流しながら後ずさりでゆっくり逃げたとのことだった。

    とても楽しい記憶と思ってたのが、少しも楽しくない(父にとっては)記憶だったのが衝撃だった。
    「でもそんな話初めて聞いた」と言ったら、
    「今でもトラウマであんまり話したくない」と言われた。

    それ以外にも
    「幼い娘(私)が旅館の大浴場で893の背中のお絵かきを大声で品評し始めた」のもあまり語りたくない記憶らしい。

    本当にスマン父。

    847 :名無しさん@おーぷん 2017/08/21(月) 12:33:34 ID:OGN
    気分悪くなる書き込みなので読むときは注意してください

    私の祖母は35歳で癌で亡くなったらしく、母と祖父二人で生きてきたそうです
    今みたいに高額医療費の設定がしっかりしていたわけではなく、祖母の治療費で家計は火の車だったそうです
    母は高卒で働きに出て、二十歳で結婚しました

    私の父は私が生まれてすぐ宗教にはまり、人が変わってしまい、私は毎日正座して祝詞を唱えさせられたり、罰と称して殴られていました
    しかも出家するため離職したうえ、500万の借金をしたので、祖父が母と私を連れて逃げてくれました
    4歳の頃です
    田舎の方だったのでまだシングルマザーに対する風当たりは強く、私は外に出るたび近所のおばさんたちから嫌がらせを受けました
    借金取りもなぜか我が家にまで来て、何度も引越ししました
    何度めかの引っ越しのあと、借金取りがパタリとこなくなりました
    生活は安泰でしたが、数年後のリーマンショックで祖父と母が相次いで無職になりました
    高齢の祖父は再就職なんかなくて、交通整理の仕事に
    母も家庭より仕事を優先して働いてました
    二人共子供がお金の心配をする必要が無いと勉強は十分させてくれて、私も学費の安い文系の国立大なら出られました
    高校の頃は理系でしたが、理系の学費が文系と比べて100万ほど高く、選択できませんでした

    大学を出たあとは就職できましたが、その頃から祖父の変な言動が目立つようになりました
    認知症でした
    母が病院へ連れて行く最中、後ろから車に追突され、母は首の神経をやられて体に軽く麻痺が残りました
    日常生活に支障が出て、車を運転できなくなっても、障/害者手帳は出ませんでした
    母に祖父の介護は難しく、施設に空きが出るまで私が介護離職しなくてはならなくなりました
    加害者保険との裁判、市役所への相談、事故の手続きのために警察署の呼び出しや通院のための母や祖父の足も私がやらなければならず、とても働きながらできる状態ではありませんでした

    今日弁護士に相談するため、弁護士事務所に予約して行ったところ、受付が高校の頃の同級生でした
    相手はすぐに私だと気づき、親しげに話しかけてくれました
    同級生はとても身奇麗で、弁護士の人と結婚したそうです
    他にも高校の頃の同級生の話をしてくれて、皆当たり前のように結婚して働いて家庭を築いてるそうです
    私の事故の話を聞いて本気で心配してくれました
    でも、私は惨めで仕方なかった
    私も彼氏はいたけど、母が事故に巻き込まれたときに彼氏の母から「これだから片親は」と罵倒されて別れさせられた
    こんな現状で結婚ができるなんて夢見るほどお花畑でもない
    普通の家庭が欲しかった

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