毒親

    357 :名無しさん@おーぷん 2021/02/05(金) 19:12:38 ID:8X.fc.L1
    私は60歳過ぎのいい年のおばさんだけど、
    私の心の中に幼い子供がまだ居たのが衝撃的だった。

    私の両親は毒親だった。
    父は女忄生にだらしなく浮氣が絶えず、セク八ラも色々な女忄生にしていた。

    母は小学校の教師だったので、父と離婚しても経済的に困らないけれど「片親になったら私の結婚や就職に差し障りがあるから、お前に為に我慢している」といつも私に言い聞かせていた。

    私は両親から褒めてもらったことはほとんどない。
    共働きの両親の為にどんなに家事をしても、学業成績がどんなに良くても絶対に両親は私を褒めなかった。
    小学生の時、留守中の隣家の給湯器が異臭を出しているのを下校時に気が付き、消防署に連絡して火事を防いだ時は隣家の人には感謝され私の行動を褒められたが、両親は何も褒めてくれなかった。
    それどころか、両親はいつも私を非難し、罵倒する事ばかり言った。
    例えば、テストの点が98点なら100点でない事を罵倒した。
    出来たことよりも出来ていない事を探して私を叱った。
    大学受験では京都大・東京大に行けなかったと罵倒した。
    就職先はある程度有名企業だったが、〇〇〇や□□□□(日本を代表するような超有名企業)に行けなかったと侮蔑の表情で叱られた。
    また、失敗したら私が号泣するまで叱責された。
    幼い頃、転んで怪我をしても洋服を汚したことを叱られた。
    病気をすれば、母が学校を休まなければならなくなったと母に叱責された。
    母が私に言った様々な侮辱の言葉を父に訴えても母は「そんな事言っていない」と二枚舌を使われ、父は面倒臭かったのか母と同意見だったのか分からないが有って取り合ってくれなかった。


    後年、私は結婚して子供を産んだ。
    子を育てる中で私は両親が異常だったと思うようになった。
    子育ての過程で私が当時の両親と同じ立場になった場合や、
    色々な出来事があった時の親と私が同じ年齢になった時に両親の幼さを感じた。
    ある時、両親に「なぜ私を叱ってばかりで褒めてくれなかったのか」と聞いたら父は「お前は褒める必要が無かった」と言い、
    母は「褒めたら付け上がって努力しない、お前にもっとかんばらせたかったから」と言った。
    両親にとって子供を褒めるのは「しないで済む方が良い事」「害悪があるから避けるべき事」だったのは驚きだった。

    私は完璧な育児が出来ないかもしれないが、自分の子供には出来るだけ誠実であろうと思った。また、良い事があれば子を褒めようと思った。
    これで良いのかと悩みながら育てた子供は既に成人し社会人となり自立した。
    自分で言うのもなんだが、子供たちは健康に恵まれ忄生格も温厚で良い人柄であり、経済的にも安定し自立してくれて嬉しく思う。
    先日の真夜中、そんな事を思いながら昔を思い出していたら急に涙が出て止まらなくなった。
    「おかあちゃん、なんで私の事、叱ってばかりだったの?なんでちっとも褒めてくれなかったの?」と思って泣いてしまった。
    冒頭のように私はもう高齢者と言うべき年齢で、みっともないのに大泣きしてそんな自分が恥ずかしく、そして、幼い子供が自分の中にあったのが衝撃的だった。

    310 :金太郎のママ 2006/01/06(金) 14:05:39
    私の場合は人生そのものが修羅場だったと思いますね。
    まずは父親という人間が他人に自慢出来る人ではなかったんです。
    最終学歴が尋常小学校で農業従事。時々、土方仕事をする程度。
    私は父親の様にはなりたくなかったのでせめて高校は卒業したかったのですが
    女に学歴は不要だとして2年の年度末で中退させられました。
    幸せを夢見て結婚したものの旦那の不イ侖が発覚。愛人が家に居座るという異常事態の
    矢先にタヒ別母子家庭となり葬儀では愛人が台所に進入するわ遺族席に押し掛けるわで
    頭に来たから馬乗りになってぶったたいて庭に放り出してやりました。

    46 :名無しさん@おーぷん 2018/04/22(日) 23:45:40 ID:orB
    夫の兄(以下義兄)は我が家の子供達を可愛がってくれてるけど説教癖があって面倒くさい。
    先日義兄が夫に用事があって訪ねて来た際、子供達にマックのシェイクを買ってきてくれた。
    けど子供達はシェイクが嫌い。 ていうか我が家は誰も好きじゃない。
    「捨てとくから飲まなくていいよ」と言うと上の子は同意したけど、下の子が「でも…」と躊躇う。
    「じゃあ飲む?」と聞くと少し飲んだけどやっぱりだめ。
    「おじちゃんには飲んだって言えばいいから」と言うと「嘘付きたくない」と言って、美味しいか聞いてきた義兄にシェイクが嫌いだから飲めないと打ち明けた。
    案の定「好き嫌いするな」とか「人が買ってきてやったものを」とかガミガミ説教されて泣き出した。
    仕方ないので庇って止めに入ったけど義兄も下の子も面倒くさい。
    義兄の説教癖は子供達も充分知ってるし何度も説教されて嫌だ嫌だ言ってるのに、なんでわかってて地雷踏みに行くんだろう。
    放置でよかったんだろうか。志願して説教されてるようなもんだもんね。
    けどえぐえぐ泣きながら怒られてるのを見るのは辛い。
    「お前は飲んだのか」と聞かれて「うん」と答えて無難に切り抜けた上の子を見習ってほしいよ。

    226 :名無しさん@HOME 2017/11/12(日) 03:24:02 0.net
    ちょっと痛い系かもしれない、注意

    私は母親と兄に虐侍されて20才で結婚して家を出た、典型的な搾取子。
    母親はゴリラ系、兄も同じく。私は栄養失調等で満足に育つことができなかった感じの体型。(父は単身赴任で空気)
    逃げるときに脅されて、警察に言えなかった。完全に刑事事件になる程度の暴カは受けていた。
    母が東北の実家、兄は関東、父も関東に住んでいる。

    地元を遠く離れて夫と暮らし、カウンセリングにも通わせてもらっていた。
    25になる今年、地元の友人が兄が結婚を前提に付き合ってる人を連れて帰省したと情報をくれた。
    結婚式の際にどうしても私を呼び戻したいのだと。
    私の実家は本家や分家に別れている貧困層の漁師家系で、
    親戚一同集まる結婚式で実の妹である私が出席しないのは、親戚に顔がたたないとたいそう焦っていたとも教えてくれた。

    そんななか、夫の関東転勤が決まってしまい
    兄も、味方だといいながら私さえ我慢すればすべておさまる、私が逃げているのは弱いからだという姿勢を崩さない父もいるので
    暴カの証拠はないけど、住民票の閲覧制限をかけることにした。

    393 :1/2 2020/01/07(火) 20:30:49 ID:Jo.nj.L2
    長文なので2つに分けます。
    長文嫌いな方はスルーしてください。

    私は父に褒められた記憶がほとんどない。

    勉強に関して父は
    「勉強しようとしなかろうと、その結果は全部自分の身にふりかかってくることなので自己責任」
    というスタンスだったので勉強しろとか成績悪くて叱られたこともないけど、どんなにテストの点数や通知表が良くても褒められなかったし
    なんなら結果を知らせなくても何も言われなかった。
    中学の時どうしても欲しいものがあって「次の期末テストで学年●位以内だったら買ってほしい」と頼んだら
    「君の点数が良くてお父さんになんのメリットがあるの?」と鼻で笑いながら却下された。

    勉強以外でも、私が小学生の時父の誕生日に夕食を作ることを計画して、サプライズしたかったから当日は「今日は何時に帰ってくるの?」「絶対にまっすぐ帰ってきてね!」と念押しして
    帰宅予定時間に合わせて肉じゃが、炊き込みご飯、味噌汁、あとなんか副菜を作って待ってたんだけど、父は予定時刻を過ぎても帰ってこないし連絡もなかった。
    なのでこちらからケータイに電話すると、知人宅で飲んでると言う。
    数時間後に帰宅した父は「もう知人宅で飲み食いしちゃったから」と、食事に殆ど手をつけてくれなかった。
    父は毎晩ウィスキーで晩酌するからと誕生日にいいウィスキーをあげた時は「●●(他社メーカー)のやつなら同じ値段でもっとたくさん入ってるのに」と言われた。

    姉妹間差別もあって、私にはやれと言った面倒事を姉にはやらせなかったり、自宅で父のものではない煙草の吸い殻が見つかって姉も私も(当時は両者未成年)自分じゃないと否定したのに私だけ疑われたり
    姉が部活の大会で二泊三日の遠征をすることになった時には全額自腹で父も同行したのに
    私が部活のコンクールで応募した作品が入選して、日帰りで遠方で開かれる授賞式に出席したいと頼んだ時は、私一人分の往復の新幹線代すら出してくれなかった。
    補足しとくと姉はそれに乗っかって私を虐げたりしなかったし、父は姉にも酷いことをする時があったので私も姉も成長するにつれ父に違和感を覚えていき
    父は私達の誕生日に欲しいものを指定すれば買ってはくれるものの他(ごちそうとかケーキとか)は何もしてくれなかったので、姉と私はお互いの誕生日にはプレゼントを贈り合った他に
    私の誕生日には姉が私の好きなケーキを買ってきてくれて、姉の誕生日には私がリクエストされたケーキを焼いたりして姉妹仲は良かったし、少なくとも私は姉が好き。

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