694 :名無しさん@おーぷん 2014/04/30(水) 13:29:50 ID:Cdtw05hxG

    わたしの母は壮絶なモンスターペアレントだった。
    幼稚園のころはよく覚えてないが、小学生のときは気に入らない男子が隣の席になっただけで電凸、娘をピアノ伴奏に抜擢しろと凸、
    同級生と揉めれば相手の親と担任に怒鳴り込んでいた。(私がアニメキャラの名前を間違えたことを指摘され揉めただけでも)
    そんな母に育てられた私は小学生時代、何か問題が起きても母に言えばなんとかなると思っていた。
    友達と喧嘩をすれば、母にすぐに報告。母はすぐに喧嘩相手に文句を言いに行った。
    喧嘩の理由も聞かず、どちらが原因かも究明せずにひたすら相手を罵倒。私は母がいれば無敵だと勘違いし始めていた。
    小学校の先生はきっと「要注意親子」として私たちを見ていたと思う。私の担任は心労が凄まじかったんじゃないかと思っている。

    小学校高学年ぐらいになると、周りはあの子ともめると面倒くさいと思うようになったのか、避けられ始めた。
    担任は母のことがチラつき焦ったのか、一人一人に私ちゃんと仲良くできないか?と言って回る事態となった。
    帰りの会の時間を使ってまで、私の名前は出さなかったものの「クラスメイトをひとりぼっちにしてはいけない」というテーマで話し合いになった。
    高校生にもなると、私は母の存在が鬱陶しくて仕方がなかった。電凸や揉め事に突っ込まれると友人関係が悪化することがわかっていたので、
    「私のことは放っといて。もう高校生だしお母さんが出てこられると恥ずかしいし面倒だから」と伝えた。
    母は発狂。「なんで!?全部私ちゃんの為じゃない!」と聞き入れてくれず。
    彼氏ができて母には黙っていたが、何故かばれてしまい、彼氏宅に電凸された。「高校生のくせに汚らわしい!」と彼母に爆弾落としてくれましたよ。
    彼からは「お前の母ちゃんなんなの・・・」と言われ振られた。
    私はここで、高校を卒業したら県外の学校へ行って一人暮らしをして母から離れようと決意。
    母は暴れながら反対したが、なんとか説得して県外の大学へ進学した。

    796 :名無しさん@おーぷん 2017/12/10(日) 11:24:10 ID:BsR
    この時期になると思いだす
    目の前で母が車にはねられた。
    家族で外食しようと、父&母&兄&私(小学生)で信号待ちしてたら
    急に母がポーンと前に飛んで、車にはねられた。
    私はぼーぜんとしてたけど、父と兄が振りかえって、後ろにいた男の人を捕まえて
    一緒に信号待ちしてた知らない人が救急車を呼んだ。
    その男の人に母は突き飛ばされたんだと、救急車が来たくらいにやっと理解した。
    新聞には「30代女性、車にはねられる」って載って
    突き飛ばされたとかは全然書かれなかった。

    突き飛ばした男の人は赤の他人。その時初めて会った人。
    元ホームレスで何かの支援を受けていて
    支援団体の人が毎日「彼も社会の被害者なんです!」って
    訴えないでと押しかけてきた。
    なんで母を突き飛ばしたかっていうと
    ・クリスマス近いのに孤独で、家族連れがムカツイた
    ・母が元ホームレス男の元奥さんに似てた
    が理由。
    人違いとかじゃなく、似てるだけの別人とわかってたけど
    ムカツイたから押したと言われた。
    近所の人にも「恨みを買ってたんじゃない?」と変な噂を流され
    居づらくなって引っ越した。
    母は今は階段が昇りづらい程度だけど
    あの年のクリスマスは最悪だったし、今もあんまりクリスマス楽しめない…

    214 :名無しさん@おーぷん 2018/03/27(火) 10:04:22 ID:IJg
    スーパーのでお菓子特集があって、それを見てるおかん

    おかん「この鯛焼き、辛いん?」
    わたし「へ?」
    おかん「カラシ入ってるんでしょ?」
    わたし「鯛焼きにカラシなんて入れないと思うが」
    おかん「ほら、カスタード入りって」
    わたし「クリームみたいなもんで、辛いどころか甘いもんだと思うが」

    わたし「マスタードと勘違いしてないか?」
    おかん「?」
    わたし「辛いのはマスタード、カスタードは甘いほう」
    おかん「ああ、そうか」

    マスタード入りの鯛焼き、あったら面白いとは思うが、いくら辛党のわたしでも食べたくない

    188 :名無しさん@おーぷん 2018/03/26(月) 17:36:39 ID:flR
    母の口癖は「普段の行いが悪いから」
    学生時代、私が部活や体育の日で突き指、捻挫、打ち身などしても「普段の行いが悪いからそうなる」
    春先のちょうどこの時期、体調を崩しやすいんだけど、それも「普段の行いが悪いから」
    中学の期末テストで先生が設問を間違えて、大多数の生徒がその問題に答えられなかった時も「あんたの普段の行いが悪いせいで皆に迷惑をかけるなんて」と言われたし
    私が中学に上がる年からジャージのデザインが変わって、姉のお下がり(旧デザイン)が使えなくなったのも「私の普段の行いが悪いせい」で余計な出費が増えたそうだ

    そんな母も還暦を超えた
    50代の半ばにヘルニアを発症し、生まれつき腰の骨が足りないとか何とかのせいで色んな合併症を起こして、5時間を超える大手術に
    手術自体は成功したが、ピークに比べれば軽減したものの残る足腰の強い痛み
    おそらく生涯痛みがなくなることはない、痛み止めは体がいくらでも慣れてしまうから処方するだけ無駄、と言われて痛み止めを飲むことはできない
    冬は冷えるため特に痛みが強くなるらしく、この辺りは豪雪地帯だけあって、東京を基準にすると冬が来るのは早く、春が来るのは遅い
    元々生理が重くて、酷いときは痛すぎて嘔吐したことも気絶したこともあり、閉経してホッとした数年後のことだった
    さらに40代後半から発症した花粉症で、この時期は鼻水やくしゃみが止まらず、くしゃみをすれば足腰の痛みに響く

    その人に訪れる悪い出来事が「普段の行いのせい」ならば、母はどんな悪行を積んできたのだろう
    生涯治ることのない痛みと花粉症に悩まされながら、どうか長生きしてほしい

    208 :名無しさん@おーぷん 2016/11/02(水) 23:58:01 ID:Lqm
    私は生まれてからしばらく、ひどい喘息で体が弱かった
    まだ言葉も話せなかった頃から、熱に浮かされ咳が止まらず、苦しくて泣いていた記憶がある
    私が3歳になったころ、母が妊娠してお腹がとても大きくなっていた
    そして8月の暑い日、母と私と買い物して帰っていた
    私はご機嫌でスキップして、母と手を繋いで歩いてた
    いつも降りている長い階段につき、母を見上げたら、次の瞬間が隣をふっとんだ
    母は私の手を離して、階段で転げ落ちてお腹の赤ちゃんが亡くなった
    私は声も出ず呆然とした
    感情がついていかなかったのを鮮明に覚えてる
    偶然その場に近所に住む3歳年上の女の子、たーちゃんがいて、たーちゃんがその時のできごとを見ていたと証言した
    たーちゃんは「あの子(私)がおばさん(母)を落とした」と話した
    母は意識不明で生タヒを彷徨い、周りは病弱で親に甘えてばかりの私が弟か妹に嫉妬して突き落としたんだと考えた
    私は周りから「お母さんを押したの?」と聞かれ、最初は解らないと答えていたけど、きつい口調で何度も何度も聞かれて、私が母をおして杀殳したんだと確信した
    母は三ヶ月ほどして目を覚ましたけど、意識は戻らなかった
    話しかけたら目を開く
    動くものを目で追う
    音がした方に反応する
    そんな基本的な反応はするけど、喋ることも、ましてや私を認識することもできなかった
    そのまま半年が過ぎ、一年が経過し、二年が経過し、三年目で母が目覚めたと聞いた
    聞いたというのは、私が母を突き落としたことで今で言うサイコパスというのか、そんな扱いを受けて、子供の情緒を育てる的な特殊な病院に行っていて、母に会わせてもらえなかった
    動かない母を杀殳すのは簡単だから私が母を杀殳すことを懸念されたのかもしれないし、母に会わせてショックを受けさせるのを防ぐためだったのかもしれない
    今となってはわからないけど、母とは意識が戻ったあともすぐには会えなかった
    手紙を書くことは許されたので、病院で色紙にクレヨンで手紙を書いた
    おかあさんごめんなさい
    おしてごめんなさい
    とごめんなさいばかりを書いた手紙だった
    そうして時が過ぎ、私の小学校入学が目前となり、普通の小学校は無理なんじゃないかと大人たちが話していた頃に車椅子に乗ってガリガリになった母が訪ねてきた
    母は私のことを見てワンワン泣いた
    何度も何度も無事で良かったとつぶやいた

    大きくなってから聞いたんだけど、母を突き落としたのは近所のたーちゃんだった
    母は誰かに後ろから押され、咄嗟の判断で私の手を離したらしい
    転がって落ちる過程で全てがスローモーションで見て、たーちゃんが手を突き出した状態で立っていたこと
    そのまま私の後ろに立ったので私まで突き落とされると思ったことを話してくれた
    たーちゃんは私が遠くに行ってから、家のハムスターを杀殳したりして問題行動を繰り返していたことを父から聞いた
    母の意識が戻ってからたーちゃんと話す機会を作ってたらしく、なんで押したのか聞いたら「押して転んだら中から何が出てくるのかなと思った」と言われた
    私が普通の学校に行ったのと入れ違いでたーちゃんが病院にかかるようになったらしい
    たーちゃんの親たちは私達親子を恨んでいて、一時期すごく嫌がらせをされた
    私はその時まだたーちゃんのことを知らなかったから、人を杀殳した私が天罰を受けてるんだと思って修羅場だった
    母もまさか私が母を落としたと思い込んでるなんて思わなくて、知ったときは言葉通り絶句して声もなく泣いた

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