36 :名無しさん@HOME 2004/10/25(月) 12:10:39
    母は私が小さい頃に他界したのだが、その後父に恋人ができた。
    幼心にも「あれ、この女の人、トーさんがいるときといないときとじゃ性格が
    違うなぁ」とは感じていた。その後父とは別れた。

    10年以上たった去年、たまたま父の知り合いに聞いたのだがあの女性は父に
    「あたしと結婚したいのなら、子供(私)をどっかに預けて。でないと結婚は無理」
    といったそうだ。そして結果おじゃん。

    未だに父は一人身。

    803 :名無しさん@おーぷん 2016/02/18(木) 13:41:39 ID:hA1
    うちは母がシタで子供ごと父に捨てられたっていう笑える母子家庭だったんだよね
    母は運良く稼げる資格持ってたんで金銭的にはそんなに苦労しなかったけど
    祖父母には縁を切られてるんで親戚づきあいがなくて、従姉妹のいる友達が羨ましかったよ
    ずーーっと、軽蔑してたよ、母のことは

    とにかく母から早く自立したくて寮のある学校に入学して家を出て
    そのときから2回しか実家に帰ってない

    お見合いだけど、尊敬できる旦那と出会って一人娘を授かって
    そりゃあもう大事に育てたよ

    その娘がさ、まさか不倫するとは思ってなかったよねwwww
    娘が中学生になったとき、わたしが母と絶縁してる理由もきちんと聞かせたのにね

    相手の奥様に凸されたときは寝耳に水で、ある意味笑っちゃいそうになったよ
    なぁんだろうな~ってなんか虚しくなって涙が止まらなかったよ

    しかもわたしが味方してくれると信じこんでるんだよ娘はw
    大事にはしたけど、甘やかしては来なかったのに
    馬鹿じゃないのって思った
    ビンタして二度と来るなって怒鳴ったけど
    わたしの人生ってなんなんだろうなあほんと

    母も娘も捨てなきゃいけない人生ってなんなんだろう
    婦人科通いしてでももう一人生んどけばよかったなんてゲスな考えが浮かんでくるよ

    親も子供も大切にできる人が羨ましいよ
    わたしにはもう夫しかいない

    3 :名無しさん@おーぷん 2018/07/31(火) 19:56:15 ID:Pyg
    >>1乙

    フィーダーの母親に育てられ、「食べ物を残す」ができなかった。
    食後のげっぷで食べたものが出てくるほどの食事量だった。
    量を減らしてほしいと言うと食材をシンクに叩きつけて怒鳴られた。

    ある時友達と電話しながら、
    「おやつにポテチ食べたいけどビッグサイズしかない。食べると夕飯が入らない」と漏らしたとき
    「少し食べて残せばいいじゃん」と言われたときスレタイ。

    また、食事=満腹のイメージがついていた。
    同棲を始めた彼氏に「量が多い。いつもお腹いっぱいになる」と言われるも、
    「完食してくれてるし、減らしたらお腹いっぱいにならないでしょ?」と当たり前のように返すと
    「お腹いっぱいにしなくていい。満腹じゃない=足りてないって考え方は変」と言われてスレタイ。

    そして、実家では食事中の水分はコップ一杯までと決められていた。
    カレーが辛くても、パンなどで口の水分が減ってもコップ一杯だけ。
    理由は水っ腹になると完食できないから。
    だから今でも食事中に水分をほとんどとらない。
    飲み会でいつも二次会から急に飲酒ペースがあがることを指摘され、
    上の話をしたらおかしいと言われてスレタイ。

    588 :名無しさん@おーぷん 2017/11/14(火) 11:54:57 ID:etj
    小学生低学年の頃、両親共働きで学校から帰ってたら一人で留守番する事が多々あった
    自分達が帰ってくるまで小腹がすくだろうと、私の為に母はよく菓子パンを買っておいてくれていた
    買ってくる菓子パンはほとんどクリームパン
    何故かと言うと、母は私が好きだと思っていたから

    保育園児の頃から大人の顔色を伺う子供だった私は、親に対してもそうで
    母に「クリームパン好き?」と聞かれ、本当はそんなに好きではなかったのだが
    ここで私が「好きじゃない」と言ってしまうと、がっかりするだろうと思って「好き」と答えてしまった
    当然母は、私がクリームパンが好きだと思って、それを買ってくるのだが
    毎日のように出てくるクリームパンにうんざりしつつも、食べないと母ががっかりすると思って、無理に食べていた
    そのせいで、大人になった今でもそのパンは苦手である

    ある日、子供の頃よくクリームパン買ってきたよねと母に言ったところ
    「だってあんた好きって言ってたでしょ。子供一人で留守番させて可哀相だったから、せめてあんたの好きなもの置いておこうと思った」的な事を言われ
    母にはタヒぬまでクリームパンが苦手と言う事を言わないでおこうと思った

    516 :名無しさん@おーぷん 2017/11/24(金) 11:53:48 ID:yds
    うちの父方家系には、男は30歳になるとハゲ始めるという不思議なジンクスがある
    俺が生まれたのが父29歳のときだから、実際に30歳でハゲ始めたかどうかは見ていないが
    母親の証言によると、多少誇張はあるだろうが、30歳からいきなりつむじが広がったらしい
    父同様に父方祖父も30歳でハゲ始めたそうだ(父方祖母談)
    その祖父も、自分の親(俺の曾祖母)から
    「あんたの父さん(俺の曽祖父)は30歳になったとたんにハゲた。
    これは○家の男児の宿命だから覚悟しておけ」
    と小さい頃から言われていたそうで、冗談だと思っていたら本当に30歳になった年から
    周囲も引くほど急速につむじの面積が拡大していったらしい

    親父も祖父も、俺が物心ついたときには全体的に五厘刈り+後頭部ザビエルだった
    ともにいかつい顔立ちなのでスキンヘッドはその筋の人に見えるから職業柄NGそうで
    五厘刈りにして後頭部をごまかすのが、一番ダメージが少ない髪型らしい
    幼少期よりこの2人から「おまえもいつかこうなるんだ」と言われて戦々恐々としていた
    中学に入った年からは母親に頼み込んで姉と同じ美容室に通わせてもらうようになり
    小遣いをためては定期的にヘッドスパなんかもやってたw
    汗をかく部活は回避し、小学校の頃から万年図書委員を貫き通すという
    わりと涙ぐましい努力を成人後も続けていた

    その俺がついに30歳になった
    そして1年経過したが、まったくハゲなかった

    そのことが原因で父が母を「本当に俺の子か」となじり、母は母でなんとなく心当たりが
    あったようで「まさかあのときの・・・!」と口走ったせいで両親の離婚騒動に発展
    離婚裁判でも使えるくらいの精度を謳っている会社に依頼して2桁万円以上かけて
    俺と両親の親子関係を検査した
    結果的に、俺は両親と親子だと証明された

    だが父は30年前の母の不貞にショックを受け、母は不貞に走った原因が祖母の苛烈な
    嫁いびりと無関心な父にあったと主張して、夫婦関係が完全に冷め切ってしまった
    調停までしたがどういうわけか離婚は回避された
    なのに今でも家庭内別居状態で、両親から俺が原因だみたいな目で見られて
    ときには八つ当たりまでされて非常に居心地が悪いので、遠方に転職を決めて実家を出た
    彼女もできて結婚前提で同棲を始めて幸せだったが、最近になって彼女にそれとなく
    おしゃれなパッケージの、だが確実に育毛目的のシャンプーを勧められた
    ついにキてしまったということだろうが、どうせクるなら三十路の年にキてほしかった

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