208 :おさかなくわえた名無しさん 2013/02/01(金) 14:02:47 ID:VS7/ZZkh
    母親の頭にバスが突っ込んできたのが衝撃的だった。

    小学生の時に母と妹とバス停でバスを待っていた。
    事前に握らされていた百円を自分が落としてしまって、百円がコロコロと転がって歩道と車道の境界線あたりに落ち着いた。
    母が屈んで拾おうとしたら、ちょうど頭だけ車道に突き出す形になってしまい、そこにちょうどやってきたバスが突っ込んだ。

    もう本当目の前で母の頭にガゴッという音をたててバスが突っ込んで衝撃的だったんだけど、その後何事もなくバスに乗った母にもっと衝撃受けた。

    「いったーい。あんたがボーッとしてるから。」と文句言われたけど声も出なかった。

    運転手さんが慌てて降りてきたけど、母はしれっと「大丈夫ですー。すいませんでした。」と謝ってバスに乗り込んだ。
    見えていたらしいバスの乗客も衝撃的な顔してた。
    母以外全員が衝撃を受けていた。

    533 :名無しさん@おーぷん 2017/09/01(金) 13:22:13 ID:Fza
    今週の月曜から、高齢の母が夏風邪を引いた
    火曜には熱が39度まで上がり、往診に来てくださった医師に薬を処方してもらい、
    「2、3日様子を見て、熱が下がらないようなら入院も」と打ち合わせた
    病気やケガの回復にはモチベーションも大事、と何かで読んだので、医師が帰った後、母の枕元で言ってみた
    「お母さん、しっかりして!今しんだら、あいつと命日が同じになっちゃうかもよ!」
    あいつというのは母の元夫、私の父で、とっくに故人
    私が子供の頃、未成年と不倫→母と離婚→その未成年とデキ(再)婚したバカ
    母は高熱でうとうとしながら「そうねえ……」と答えた
    ここは大切なところなので、二度言います!
    「ママ!しっかりしなよ!今しんだら、パパと命日が同じになっちゃうよ!」
    子供の頃のママパパ呼びに変えてみた
    母はパッチリ目を開き、はっきりと「それは困る!」

    水曜の朝には、薬が効いただけだと思うけど、熱は37度に下がった
    高齢なのですぐには本調子に戻れないけど、木曜には医師にも「もう大丈夫」と言っていただけた

    この話の問題点は、母も私も、父の命日を知らないこと
    父がしんだのも、父側の弁護士から連絡があって初めて知ったくらいで、いちいち日付まで覚えてない
    今日の金曜、母がお昼はカレーがいいと言い出したので、今、食べさせたところ

    634 :名無しさん@おーぷん 2018/01/11(木) 12:13:22 ID:79n
    成人式の着物がニュースになっているせいか、自分の時を思い出した。
    愚痴だし長いです。すいません。

    私が育ったのは企業城下町の県庁所在地レベルの地方都市。
    結構貧富の差があって、企業経営者の家族や医師、公務員がカーストの上
    この人達はもともと地元の資産家だったりするから公務員でもそこそこ裕福

    あとサラリーマンや一般商店の中流階級か、でなければ日雇いとかの貧乏な人もいたし、生活保護世帯もそこそこいたなー

    私の進学した高校が地元のそこそこいい学校だから同級生にはお金持ちが多かった。高校の同級生の間では高校卒業祝いに子供に新車をプレゼントする家庭が過半数だったぐらい。
    成人式にあたって、高校の同級生の医師の娘の誰それは何千万かけて用意したとかそういう話が普通に噂話として伝わってくるぐらい。一般庶民の自分は張り合う以前の問題。

    私の場合、どちらかというと下流だから、成人式の着物なんかもともとほしいと思わなかった。それ以前に貧しくて生活必需品にもバイトしないと買えない状態だったので。
    例えば学校に来ていくブラウスとかもボロボロになっても替えを買ってくれないとか、修学旅行があるから久しぶりに下着を買い替えたとか、そのレベルの貧乏。

    この状態で私の母は振袖を買おうとしていたから断固として拒否した。高校の同級生が何百万とか何千万って話が巡っている中で安い着物着るなんて惨めだし、そもそも成人式に意味を感じなかったし。

    私が全く振袖に興味を示さなかったけど、祖母が金を出したからってとうとう母は勝手に着物を買ってきた。着物屋って商売になれば本人不在でも売るもんなんだなと思った。
    しかも恩を着せようとしたから、怒った私はどんな着物か見もしなかったし、成人式もバイトを入れていかなかった。
    さらに私の母はすでに付き合いが無くなっていた小学校時代の同級生の親(美容院経営)を頼ろうとしていたらしい。遅くともお盆までには美容院の予約がいっぱいになると言われていた時代になんとはた迷惑なと思ってとにかく成人式は拒否。

    322 :名無しさん@おーぷん 2014/09/25(木) 12:49:55 ID:PvgiapBJc
    母にとってのたぶん修羅場w

    阪神大震災の時、私が住んでいたあたりは殆どの家が倒壊・半壊で
    近所の人達と共に公園で野宿していた。
    しばらくしてから食料品や生活用品などが支給されたけど母が元気がない。
    そりゃあやっと手にいれたマイホームがあんなことになれば元気もなくなるよなぁと思っていたが
    実はそれが理由ではなかった。
    父が一生懸命慰めてたけど聞く耳持たずって感じだったのでついに父がキレたんだが
    それに対して母が言った言葉が衝撃だった。
    「パンツに噛まれる気持ちがあんたにわかってたまるかっ!」
    パ・・・パンツに噛まれる・・・??? 意味分からん。
    が、それを聞いた姉が爆笑。
    姉にはすぐ分かったらしい。
    「だからダイエットしろっていつも言ってたじゃん!」って。
    要するに、支給される下着は大きいサイズでもせいぜい3Lぐらいで
    達磨体型の母の5Lの尻にはキッツキツだった。
    それでも汚れた下着よりはマシだと無理矢理穿いていたらしいが
    股のゴムがぎゅうぎゅう食いこんで痛くて、でも恥ずかしくて言えなかったらしい。
    だからって“パンツに噛まれる”ってwww
    結局姉が3Lのパンツのゴムを抜いて切りこみを入れるという機転をきかせて乗り切った。
    ちなみにあの震災のあと、5年ぐらいの間に母は20キロぐらい痩せたらしい。

    142 :名無しさん@おーぷん 2015/02/07(土) 14:54:05 ID:z5w
    長文嫌いはスルーして下さい。

    父、母、弟の4人家族だけど、実は私だけ血の繋がりがない。
    子宝に恵まれなかった両親が子供を諦めて施設から私を引き取ってくれた。
    当時の記憶は全くないが、私が2歳の時らしい。
    ところがその2年後に弟が生まれた。
    母の浮気とかそんなんじゃないよ。念のためね。
    ストレスから解放されて妊娠しやすくなったとか、そういうことなんだろうな。
    よく分かんないけど。

    小5の時、たまたま母と叔母が話をしてるのを聞いてしまい
    自分が養女だってことを知った。
    私が友達ともう遊びに出掛けたと思い込んでたらしい。
    その流れで「(母)こんな事なら養子を貰うなんて考えなきゃ良かった」
    「(叔母)でも私ちゃんのおかげで授かれたのかも知れないよ」
    「(母)そうなんだろうけど、やっぱり早まったって思っちゃう」
    なんてことも聞こえてきて、目の前が真っ暗になった。
    実はそれまでにも父も母も私より弟の方が可愛いんだなって思うことはあった。
    でも小さい方に手を掛けるのは当たり前なんだろうと思うことにしていた。
    そういうことだったのかと思うと悲しくて悲しくて
    近所にある鉄橋の下で思いっきり泣いたの覚えてる。
    その後私にとって一番怖かったのは、父と母が本気で私に飽きて
    放り出されることだった。
    それ以来、母の手伝いをこれでもかってぐらいした。
    母はそれを喜んでくれた。
    父の方は、仕事から帰ってくると肩叩きをしようとしたら断わられて
    「疲れてるんだから寄ってくるな」みたいに言われて
    以来なるべく近づかないようにしてた。
    弟は可愛かった。
    何も知らずに懐いてくれるのが嬉しかった。
    そんな感じで表面上はそれまで通りの家族として過ごした。

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