母親

    268 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2017/04/01(土) 06:25:51 ID:KR+f29Vt.net
    おばあちゃんが亡くなる3年くらい前の私が高校生時代に
    おばあちゃんにお祝いか何かでもらった1万円を大切にとっておいたら母親に使われたこと。
    私にとっておばあちゃんにもらった、まだ偽造防止のホログラムもついてない時代の1万円は
    お金だけどおばあちゃんの形見でもあるので、机の引き出しの奥にしまって大切にしていた。
    ところがある日見たらその1万円がなくなっていて、必タヒに探していたら母が来て
    「何探してるの?引き出しの奥にあった1万円なら借りたよ」
    愕然とした。
    返してと泣き喚いたら「うるさいわね来月返すわよ!いいじゃないちょっと借りただけなのに
    財布に入れてないんだからどうせ使う予定なかったんでしょ?そんなに泣き叫ばなくてもwww」
    ( ゚Д゚)ハァ?
    おばあちゃんの形見!!
    いまだに悔しくて涙する時がある。

    343 :なごみ 2012/11/10(土) 10:45:51 ID:r44t8lZ20
    391 名前:彼氏いない歴774年[sage] 投稿日:2012/11/10(土) 10:37:59.61 ID:j0Y+iqI/
    スーパーで買い物をしていた時、男の子の泣き声が聞こえた。
    振り返るとお菓子売り場で男の子が、お菓子を二つ持って泣いてる。
    どうやらどっちかにしろと言われたみたい。その親子の会話。

    母「ほら!泣かないの!ひとつだけって約束だよ!」
    子「うあああ!どっちもがいい!次の時いらないもん」
    母「何いってんの。はあ~。ゆう君カッコ悪いな~。たかだかお菓子買って
    もらえないだけで泣くなんてかっこ悪いわ~。キララちゃんに言っとくね?
    うちのゆうはお菓子買えないだけで泣く、女々しい男ですって」
    子「・・・・(涙は出てるけど声は止まる)。こっち。」(片方差し出す)
    母「お!!カッコいい!いや~決断力ありますね~!男ですね~!仮面ライダーの
    ようですね~!」

    なんか終始お母さんが楽しそうに男の子おちょくってて面白かったw
    その後は男の子もちゃんと静かにしてたし。和んだ。

    330 :名無しさん@HOME 2012/09/07(金) 09:19:21 0
    受験の修羅場書き捨て。
    うちは高校二年生の時両親が離婚、母のもとで生活していた。
    父がサイマーで家計は火の車らしかったけど、そんな事情を気取らせることなく
    家にはいつもお菓子のストックがあり、好きなものも買ってもらえていた。
    生活を制限されたことも、苦労させられたこともなかったのは、本当に感謝している。
    けれど逆に、家庭の経済状況はまったく教えてもらえなかった。

    私が通っていたのは、県下でも三本の指に入る(高校教師陣自称)公立進学校。
    大学に行くのが当然で、それ以外の進路を選択しようものなら変えるよう何度も説教。
    進路決定が本格化した際に、私は母に進路について話した。
    母は、行きたいところに行けばいい、お金は気にするなとだけ言って、あとは忙しいで打ち切り。
    馬鹿な私は、県外の私立大を第一志望として据えた。
    返還なしの奨学金がでること、何よりも、その学科がそこにしかなかったため。
    当時不登校で、自立しなければと強く思っていたため、世話焼きで過保護気味な母から
    離れたかったというのも一つあった。

    高校三年の10月。自宅で三者面談が行われた。
    進路決定と成績表を並べ、ドヤ顔で進路決定の理由を述べる私。
    母はじっと進路を見つめ、私の話を遮って言った。

    「うちに県外の大学へやるお金はありません。自宅から通える国公立しか無理です。
    だいたい、料理のできないあんたに一人暮らしは無理。今の状態じゃ友達も作れなくて
    途中でやめて帰ってくるのがオチでしょう」

    なんでこんなぎりぎりまで話してくれなかったのかとかそこまで言うかとか
    料理できないのは母が台所に入れてくれないせいだろうとかいろいろ考えて撃沈。
    担任はお花畑でそれなら教育学部に行けばいいと一人でマシンガントーク。
    結局そこから大幅に進路変更(第二志望も県内私立)
    国公立で無理やり行きたいところを選出したものの成績が足りず落ちて
    専門学校へ入学が決まりました。

    45 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/ 2015/04/21(火) 14:25:53 ID:E55dGrq80.net
    以前他のスレにも書き込みましたが、ここにも書かせてください。
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    俺の母親は、俺が小学生2年生の時にタヒんだ。
    タヒんだことを納得できず、そのあと一月くらいは母親が帰ってくるのでは?
    と期待していた。
    ある日、学校から帰ると普通に母親がいた。買い物をすまして夕食の準備をしていた。
    父親が帰ってきたが、母がいることに驚くようすはなかった。
    子供だったので、母が帰ってきたことがうれしくて、そのまま生活した。
    学校にいって、友達に「タヒんだおかあさんが帰ってきた」と話しても、
    「オレくんのおかあさん、タヒんでないじゃん」と言われた。
    楽しい日々が続いた。
    1年半ほどした、その日は、遠足だった。
    母親の作ってくれた弁当はとてもおいしかった。
    遠足から帰ると、家に母親の姿はなかった。
    家中さがしまわったがいなかった。母親が生活していた痕跡もなかった。
    慌てた俺は、家の近所も探し回ったが見つけられなかった。

    夜になって父親が帰ってきたので、「おかあさんがいなくなった!」と
    言ったら。
    「おいおい、おまえ、いまごろ何言ってるんだよ・・」と困った顔で言われた。
    次の日から、父親と二人の生活が始まった。

    30年以上たったいまでも、あの時の母との生活を思い出す。
    何だったんだろう?

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