母親

    195 :名無しさん@HOME 2013/11/27(水) 17:09:08 0
    数年前なんだが姉が流産をしてしまった
    うちの母も義母も流産の経験があるので
    姉に色々励ましの言葉をかけたがいつの間にか
    姉は部屋から出てこなくなってしまった

    姉の旦那しか部屋に入れないようになるも旦那の
    励ましでしばらくすると部屋からでてくるようになった

    ようやく普通の暮らしに戻った後
    義両親、旦那、うちの両親、姉、俺とで会食
    をする事になった
    そこで義母が流産した子が染色体異常だったことを
    ぽろっと言ってしまいそれを聞いたうちの母親が
    「染色体異常の子供なんて育てるのが大変なんだから
    流産してむしろよかった」
    などと言ってしまった

    それまで普通だった姉突如
    「あんたの心無い言葉がどれほど私をキズつけたか
    わからないのか?」
    と叫び母に料理や湯のみやら何やらを投げつけだした
    次第に泣いているのか笑っているのかわからないような
    状態になりそのまま外に出て行ってしまった

    結局旦那さんが発見したものの実家、義実家ともに絶縁
    をしてしまった

    昨日初めての子供が生まれたと姉から連絡があった
    ので思い出した修羅場

    375 :名無しさん@おーぷん 2015/09/11(金) 00:26:11 ID:vEx
    成人した時に、家にある子供の頃の服やら捨てようとしたら母に泣いて止められた。
    虫食いだらけの色褪せた古臭い服なんて人に上げれるわけないし、思い出なら数枚だけとっておけばいいって言ったんだけど、
    絶対ダメ、捨てたら許さないと睨んで泣かれた。
    でも引越の予定あるし、いくらなんでも衣類ボックス(大)3つ分は多すぎるし、
    ちゃんと手入れすると約束してきても翌日には「なんのこと?」となるのがいつものことだしで
    無視してゴミ袋に詰めてたら、
    「昔の(私)ちゃんはこんなことしなかった」「優しい頃の(私)ちゃんは何処に行ったの」
    「これは良い子だった(私)ちゃんの遺品だ」

    遺品って言い方がなんかもうダメだった。
    しばらくして落ち着いた母に、「興奮して言いすぎた」と謝られたけど
    あれ以来母を母と思えない。母と同じ顔をした別人が母の真似事をしているようで気持ち悪い

    218 :名無しさん@おーぷん 2015/01/25(日) 18:42:26 ID:tdb
    兄嫁が無神経すぎて母が参っている。←去年までの親戚関係
    兄嫁が失礼すぎて母が大爆発←今年の頭からの親戚関係

    兄夫婦は共働き。子供は男の子4歳。

    兄夫婦は必ず土日のどちらか甥を実家に預ける。兄がいるときは兄が車で送ってくるんだけど、
    兄が休日出勤とかでいないときには父か母が車で迎えに来るように要求する。
    甥は玄関前で待っているので、兄嫁とは顔を合わせない。
    帰りは兄が玄関口で「おかえり~ありがと」と迎えてくれる。
    (兄嫁はいてもいなくても絶対に出てこない)
    そして、兄がいないときはインターフォンで兄嫁が対応。
    「オートロック開けたので、玄関に(甥を)置いておいていただけますか?」


    父は「女ってのはよくわからん」といって特に何も感じないらしいんだけど、
    母は「嫌われているのかしら」とすごく気に病んでた。

    私は既婚小梨で夫が長期出張多いこともあり、ちょいちょい実家に顔を出すため、
    ついでにと甥の子守や送迎を頼まれることも多いんだけど、
    普通は預かってもらってるんだから「ありがとう」くらい言えと思ってた。

    共働きで心身共に疲れてるから、たまの休みはどちらか1日くらいは
    子育てから解放されてのんびりしたいと言うのはわからなくはないけど、
    土日しか触れあう機会がないのに、もったいないとは思う。

    病気で保育園から引き取ってコールがかったら、兄から連絡もらった
    父母が保育園から、実家に連れて帰るんだけど、
    そういう時も絶対に兄嫁はお礼を言わないしね…。
    兄が言うならいいと思ってるのかな。お礼を言ったら負けと思ってるのか。
    母、楽しみにしていた友達とのお出かけキャンセルして行ったときも
    兄は「ありがとう」ってわざわざ電話くれて、その後お菓子くれたけど、
    兄嫁からは一切何の連絡もなし。

    ひと月くらい「兄嫁の資格試験の直前だから」という理由で預かったときも、
    兄は「負担かけてすまない」って言ってかなりの頻度で通ってたけど、
    兄嫁は電話すらかけてこなかった。甥にも。
    甥が母親恋しかろうと家に電話させても、話すのは兄ばかり。兄嫁常に不在。

    354 :おさかなくわえた名無しさん 2013/03/25(月) 08:45:49 ID:31WecD55
    幼稚園かその前ぐらいの小さい頃、
    母と買い物に行った帰りに近所のおばさんと会った。
    道端で母とおばさんがおしゃべり始めて、なかなか終わらないので退屈だったから
    そこらへんブラブラ探検してたら狭いビルとビルの間で人がうつぶせで寝ていた。
    なんか色んなもんが飛び散ってて汚い所で、その人も汚れてたから
    起こしてあげたほうがいいのかなと思って、軽く蹴ってみたけど起きないので
    母を呼びに行った。
    私に手を引っ張られてきてソレを見た母が絶叫。
    で、警察が来たりなんだかんだで、世界が真っ赤っかになった記憶。
    (パトカーの赤色灯のせいだと思う)

    その後、母がタヒ体(それもかなり酷い状態の)を見てしまったことによる
    PTSDでおかしくなってしまって結構長い間入院した。
    退院してから何故か私は母に避けられ、母は姉ばかり可愛がった。
    あとで聞いた話だけど、母は私の顔を見ると思いだして発作が起きるんだったそうな。
    当時の私は自分が目撃したものが何だったのか、はっきり理解出来てなかったけど
    わざわざ母を引っ張ってきてそれを見せたことが相当ヤバイことだったのは
    なんとなく理解できてた。
    だから母は私を嫌うようになったんだ、と。
    姉からも「あんたのせいでママがおかしくなった」って言われたし。
    それで私は祖父母の家に預けられて、そこから小学校にもあがった。
    姉とは違う小学校だった。
    祖父母はとてもよくしてくれたし、週1ぐらいで父親も会いに来てくれて
    ごめんな、ごめんなってよく謝られたのは覚えている。
    それでも私は捨てられたと言う意識がすごくあった。
    ある時、姉が通っていた小学校の運動会をこっそり見に行った。
    父と母と姉が母が作ったらしいお弁当を囲んで楽しそうに食べてるのを見て
    近くにあった砂場で、被っていた帽子に砂を詰めて
    それをお弁当にバサーーーー!とぶっかけて、逃げるように家に帰った。
    それから暫くは記憶はあまりなくて、
    中学に上がるぐらいの頃に元の家に戻った。

    143 :おさかなくわえた名無しさん 2018/10/28(日) 17:42:59 ID:XCZDqepK.net
    学生時代、女は外見が全てだと思ってた
    自分は思いっきり日本人顔、目も大きくないし鼻も高くない
    なのに自分の母親は派手顔の超美人
    思春期はなんでこんな顔に産んだんだって何度も母親にブチギレてた

    そんな母親が小さい頃から口癖のようにいってたことがある
    「代々のお金持ちだったり、本当にいい男性.の奥さんに超美人はいない。
    最後に選ばれるのは賢くて内面と人間性.が優れた女性.であって、絶対に顔ではない。
    そもそもあんたの顔は薄くて特徴がないだけ、努力次第でどうにでもなる。
    まずは勉強しなさい、絶対に無駄にならないから」ってずっと言われてた

    それでも性.格悪かったり勉強できなくても派手で顔が可愛い子がちやほやされてるように見えて
    もう母親の頃とは時代が違うんだと思ってた
    でも、自分はそういう子に顔の作りで勝てないってわかってたぶん
    母親の言う通りいい学校に入って、髪型やお化粧やファッション、スタイルなど努力で変えられることは常に研究し続けた
    悪口やネガティブなことは言わないようにして、人と丁寧に接そうと決め
    相手が誰であれお互い楽しくて良い気分になれるような会話を、無理のない範囲で自然体で意識していた
    そしたらなぜか友達の層がいつの間にか変わってきた
    失礼なことを言ったり人を傷付けたりだらしないような友達が皆去っていった

    そんなある日偶然一流って言われてる人たちの奥様方と会う機会が
    みんな高学歴で品がよく健康的なスタイル
    でも、10人以上いたのに、私が想像してたような超ド派手な美人は皆無だったんだよね…
    むしろ顔自体は普通レベルの人が多くてすっごい衝撃的だった

    あれ?もしかして母親の言ってることは正しかった?って思えてきた
    まあまだ23歳のガキだし彼氏もできてないけど、友人の質は間違いなく良くなったんだよね…
    大嫌いだった自分のことをだんだん好きになれてて、それも衝撃的だった
    長文失礼しました

    このページのトップヘ