322 :名無しさん@おーぷん 2014/09/25(木) 12:49:55 ID:PvgiapBJc
    母にとってのたぶん修羅場w

    阪神大震災の時、私が住んでいたあたりは殆どの家が倒壊・半壊で
    近所の人達と共に公園で野宿していた。
    しばらくしてから食料品や生活用品などが支給されたけど母が元気がない。
    そりゃあやっと手にいれたマイホームがあんなことになれば元気もなくなるよなぁと思っていたが
    実はそれが理由ではなかった。
    父が一生懸命慰めてたけど聞く耳持たずって感じだったのでついに父がキレたんだが
    それに対して母が言った言葉が衝撃だった。
    「パンツに噛まれる気持ちがあんたにわかってたまるかっ!」
    パ・・・パンツに噛まれる・・・??? 意味分からん。
    が、それを聞いた姉が爆笑。
    姉にはすぐ分かったらしい。
    「だからダイエットしろっていつも言ってたじゃん!」って。
    要するに、支給される下着は大きいサイズでもせいぜい3Lぐらいで
    達磨体型の母の5Lの尻にはキッツキツだった。
    それでも汚れた下着よりはマシだと無理矢理穿いていたらしいが
    股のゴムがぎゅうぎゅう食いこんで痛くて、でも恥ずかしくて言えなかったらしい。
    だからって“パンツに噛まれる”ってwww
    結局姉が3Lのパンツのゴムを抜いて切りこみを入れるという機転をきかせて乗り切った。
    ちなみにあの震災のあと、5年ぐらいの間に母は20キロぐらい痩せたらしい。

    142 :名無しさん@おーぷん 2015/02/07(土) 14:54:05 ID:z5w
    長文嫌いはスルーして下さい。

    父、母、弟の4人家族だけど、実は私だけ血の繋がりがない。
    子宝に恵まれなかった両親が子供を諦めて施設から私を引き取ってくれた。
    当時の記憶は全くないが、私が2歳の時らしい。
    ところがその2年後に弟が生まれた。
    母の浮気とかそんなんじゃないよ。念のためね。
    ストレスから解放されて妊娠しやすくなったとか、そういうことなんだろうな。
    よく分かんないけど。

    小5の時、たまたま母と叔母が話をしてるのを聞いてしまい
    自分が養女だってことを知った。
    私が友達ともう遊びに出掛けたと思い込んでたらしい。
    その流れで「(母)こんな事なら養子を貰うなんて考えなきゃ良かった」
    「(叔母)でも私ちゃんのおかげで授かれたのかも知れないよ」
    「(母)そうなんだろうけど、やっぱり早まったって思っちゃう」
    なんてことも聞こえてきて、目の前が真っ暗になった。
    実はそれまでにも父も母も私より弟の方が可愛いんだなって思うことはあった。
    でも小さい方に手を掛けるのは当たり前なんだろうと思うことにしていた。
    そういうことだったのかと思うと悲しくて悲しくて
    近所にある鉄橋の下で思いっきり泣いたの覚えてる。
    その後私にとって一番怖かったのは、父と母が本気で私に飽きて
    放り出されることだった。
    それ以来、母の手伝いをこれでもかってぐらいした。
    母はそれを喜んでくれた。
    父の方は、仕事から帰ってくると肩叩きをしようとしたら断わられて
    「疲れてるんだから寄ってくるな」みたいに言われて
    以来なるべく近づかないようにしてた。
    弟は可愛かった。
    何も知らずに懐いてくれるのが嬉しかった。
    そんな感じで表面上はそれまで通りの家族として過ごした。

    36 :名無しさん@HOME 2004/10/25(月) 12:10:39
    母は私が小さい頃に他界したのだが、その後父に恋人ができた。
    幼心にも「あれ、この女の人、トーさんがいるときといないときとじゃ性格が
    違うなぁ」とは感じていた。その後父とは別れた。

    10年以上たった去年、たまたま父の知り合いに聞いたのだがあの女性は父に
    「あたしと結婚したいのなら、子供(私)をどっかに預けて。でないと結婚は無理」
    といったそうだ。そして結果おじゃん。

    未だに父は一人身。

    803 :名無しさん@おーぷん 2016/02/18(木) 13:41:39 ID:hA1
    うちは母がシタで子供ごと父に捨てられたっていう笑える母子家庭だったんだよね
    母は運良く稼げる資格持ってたんで金銭的にはそんなに苦労しなかったけど
    祖父母には縁を切られてるんで親戚づきあいがなくて、従姉妹のいる友達が羨ましかったよ
    ずーーっと、軽蔑してたよ、母のことは

    とにかく母から早く自立したくて寮のある学校に入学して家を出て
    そのときから2回しか実家に帰ってない

    お見合いだけど、尊敬できる旦那と出会って一人娘を授かって
    そりゃあもう大事に育てたよ

    その娘がさ、まさか不倫するとは思ってなかったよねwwww
    娘が中学生になったとき、わたしが母と絶縁してる理由もきちんと聞かせたのにね

    相手の奥様に凸されたときは寝耳に水で、ある意味笑っちゃいそうになったよ
    なぁんだろうな~ってなんか虚しくなって涙が止まらなかったよ

    しかもわたしが味方してくれると信じこんでるんだよ娘はw
    大事にはしたけど、甘やかしては来なかったのに
    馬鹿じゃないのって思った
    ビンタして二度と来るなって怒鳴ったけど
    わたしの人生ってなんなんだろうなあほんと

    母も娘も捨てなきゃいけない人生ってなんなんだろう
    婦人科通いしてでももう一人生んどけばよかったなんてゲスな考えが浮かんでくるよ

    親も子供も大切にできる人が羨ましいよ
    わたしにはもう夫しかいない

    3 :名無しさん@おーぷん 2018/07/31(火) 19:56:15 ID:Pyg
    >>1乙

    フィーダーの母親に育てられ、「食べ物を残す」ができなかった。
    食後のげっぷで食べたものが出てくるほどの食事量だった。
    量を減らしてほしいと言うと食材をシンクに叩きつけて怒鳴られた。

    ある時友達と電話しながら、
    「おやつにポテチ食べたいけどビッグサイズしかない。食べると夕飯が入らない」と漏らしたとき
    「少し食べて残せばいいじゃん」と言われたときスレタイ。

    また、食事=満腹のイメージがついていた。
    同棲を始めた彼氏に「量が多い。いつもお腹いっぱいになる」と言われるも、
    「完食してくれてるし、減らしたらお腹いっぱいにならないでしょ?」と当たり前のように返すと
    「お腹いっぱいにしなくていい。満腹じゃない=足りてないって考え方は変」と言われてスレタイ。

    そして、実家では食事中の水分はコップ一杯までと決められていた。
    カレーが辛くても、パンなどで口の水分が減ってもコップ一杯だけ。
    理由は水っ腹になると完食できないから。
    だから今でも食事中に水分をほとんどとらない。
    飲み会でいつも二次会から急に飲酒ペースがあがることを指摘され、
    上の話をしたらおかしいと言われてスレタイ。

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