鬼女のつぶやき〜2ch鬼女・キチママ・生活まとめ〜

主に2ちゃんねるの鬼女関連のスレッドをまとめています。修羅場、恋愛・結婚、育児関連の記事が多めです。


    916 :名無しの心子知らず@無断\(^o^)/ 2015/07/16(木) 11:36:52 ID:vrZuUrJU.net
    長文愚痴ですみません。

    私は実母が好きじゃないので里帰り出産してないんだけど、今のところ体調も良く家事育児も自分でそれなりにやれているが
    実母が「家事を代わりに全部やってあげるから、手伝いに行かせて!産後は無理しちゃいけないしあなたの体が心配なの!」なんて言うから昨日来てもらった。
    それなのに我が家に着いたら赤ちゃんにべったりで家事なんかやってくれそうにないから、赤ちゃんを任せて自分で洗濯物干しに行こうとしたら
    「ちょっとあんた!私が赤ちゃん抱いてるとこカメラで撮ってよ」と言って注文つけながら何枚も撮らせて、さらにビデオでも撮れ、待受にするから
    携帯でも撮れと私をこき使い、撮った写真に下手くそだとケチをつけてきた。
    撮り直せって言うから「洗濯物干したいってさっきから言ってるでしょ!」と断ったら「私が来る前にそのくらい終わらせときなさいよ、トロいわね。
    あんた一体何時に起きてるの?旦那さんが一生懸命働いてるのに、ダラダラしてんじゃないよ」だってさ。
    私のかわりに家事しに来たんじゃなかったけ?なんなのこいつ…

    さらに家の中を見て「あんた片付けくらいきちんとしなさいよ。せっかく旦那さんが立派な家を建ててくれたのに、散らかってて可哀想」とネチネチ説教されるし
    机の上に置いてあった私宛の郵便物(友達からの結婚式の招待状)を勝手に見て
    「あんたこんなの行くつもりじゃないでしょうね。もう赤ちゃんもいるんだし旦那さんに迷惑かけんじゃないよ」などと口出されるし本当にムカついた。
    結局母がしてくれたことは、昼と夜に食べる弁当を買ってきてくれたことと、私が母に出したコップを洗ってくれたことだけ。
    母は大満足で、また行くから!って言ってるけどもう絶対に嫌だ。

    母は祖母と同居してて、「私は姑にいびられて苦労してきたのに、あんたは姑がいなくてよかったね」とよく言うけど、その分お前がクソトメみたいじゃねーか!
    こんな性格の人と同居しなきゃいけない祖母のほうに同情してしまうわ。


    322 :名無しさん@おーぷん 2014/09/25(木) 12:49:55 ID:PvgiapBJc
    母にとってのたぶん修羅場w

    阪神大震災の時、私が住んでいたあたりは殆どの家が倒壊・半壊で
    近所の人達と共に公園で野宿していた。
    しばらくしてから食料品や生活用品などが支給されたけど母が元気がない。
    そりゃあやっと手にいれたマイホームがあんなことになれば元気もなくなるよなぁと思っていたが
    実はそれが理由ではなかった。
    父が一生懸命慰めてたけど聞く耳持たずって感じだったのでついに父がキレたんだが
    それに対して母が言った言葉が衝撃だった。
    「パンツに噛まれる気持ちがあんたにわかってたまるかっ!」
    パ・・・パンツに噛まれる・・・??? 意味分からん。
    が、それを聞いた姉が爆笑。
    姉にはすぐ分かったらしい。
    「だからダイエットしろっていつも言ってたじゃん!」って。
    要するに、支給される下着は大きいサイズでもせいぜい3Lぐらいで
    達磨体型の母の5Lの尻にはキッツキツだった。
    それでも汚れた下着よりはマシだと無理矢理穿いていたらしいが
    股のゴムがぎゅうぎゅう食いこんで痛くて、でも恥ずかしくて言えなかったらしい。
    だからって“パンツに噛まれる”ってwww
    結局姉が3Lのパンツのゴムを抜いて切りこみを入れるという機転をきかせて乗り切った。
    ちなみにあの震災のあと、5年ぐらいの間に母は20キロぐらい痩せたらしい。



    634 :名無しさん@おーぷん 2018/01/11(木) 12:13:22 ID:79n
    成人式の着物がニュースになっているせいか、自分の時を思い出した。
    愚痴だし長いです。すいません。

    私が育ったのは企業城下町の県庁所在地レベルの地方都市。
    結構貧富の差があって、企業経営者の家族や医師、公務員がカーストの上
    この人達はもともと地元の資産家だったりするから公務員でもそこそこ裕福

    あとサラリーマンや一般商店の中流階級か、でなければ日雇いとかの貧乏な人もいたし、生活保護世帯もそこそこいたなー

    私の進学した高校が地元のそこそこいい学校だから同級生にはお金持ちが多かった。高校の同級生の間では高校卒業祝いに子供に新車をプレゼントする家庭が過半数だったぐらい。
    成人式にあたって、高校の同級生の医師の娘の誰それは何千万かけて用意したとかそういう話が普通に噂話として伝わってくるぐらい。一般庶民の自分は張り合う以前の問題。

    私の場合、どちらかというと下流だから、成人式の着物なんかもともとほしいと思わなかった。それ以前に貧しくて生活必需品にもバイトしないと買えない状態だったので。
    例えば学校に来ていくブラウスとかもボロボロになっても替えを買ってくれないとか、修学旅行があるから久しぶりに下着を買い替えたとか、そのレベルの貧乏。

    この状態で私の母は振袖を買おうとしていたから断固として拒否した。高校の同級生が何百万とか何千万って話が巡っている中で安い着物着るなんて惨めだし、そもそも成人式に意味を感じなかったし。

    私が全く振袖に興味を示さなかったけど、祖母が金を出したからってとうとう母は勝手に着物を買ってきた。着物屋って商売になれば本人不在でも売るもんなんだなと思った。
    しかも恩を着せようとしたから、怒った私はどんな着物か見もしなかったし、成人式もバイトを入れていかなかった。
    さらに私の母はすでに付き合いが無くなっていた小学校時代の同級生の親(美容院経営)を頼ろうとしていたらしい。遅くともお盆までには美容院の予約がいっぱいになると言われていた時代になんとはた迷惑なと思ってとにかく成人式は拒否。


    803 :名無しさん@おーぷん 2016/02/18(木) 13:41:39 ID:hA1
    うちは母がシタで子供ごと父に捨てられたっていう笑える母子家庭だったんだよね
    母は運良く稼げる資格持ってたんで金銭的にはそんなに苦労しなかったけど
    祖父母には縁を切られてるんで親戚づきあいがなくて、従姉妹のいる友達が羨ましかったよ
    ずーーっと、軽蔑してたよ、母のことは

    とにかく母から早く自立したくて寮のある学校に入学して家を出て
    そのときから2回しか実家に帰ってない

    お見合いだけど、尊敬できる旦那と出会って一人娘を授かって
    そりゃあもう大事に育てたよ

    その娘がさ、まさか不倫するとは思ってなかったよねwwww
    娘が中学生になったとき、わたしが母と絶縁してる理由もきちんと聞かせたのにね

    相手の奥様に凸されたときは寝耳に水で、ある意味笑っちゃいそうになったよ
    なぁんだろうな~ってなんか虚しくなって涙が止まらなかったよ

    しかもわたしが味方してくれると信じこんでるんだよ娘はw
    大事にはしたけど、甘やかしては来なかったのに
    馬鹿じゃないのって思った
    ビンタして二度と来るなって怒鳴ったけど
    わたしの人生ってなんなんだろうなあほんと

    母も娘も捨てなきゃいけない人生ってなんなんだろう
    婦人科通いしてでももう一人生んどけばよかったなんてゲスな考えが浮かんでくるよ

    親も子供も大切にできる人が羨ましいよ
    わたしにはもう夫しかいない


    142 :名無しさん@おーぷん 2015/02/07(土) 14:54:05 ID:z5w
    長文嫌いはスルーして下さい。

    父、母、弟の4人家族だけど、実は私だけ血の繋がりがない。
    子宝に恵まれなかった両親が子供を諦めて施設から私を引き取ってくれた。
    当時の記憶は全くないが、私が2歳の時らしい。
    ところがその2年後に弟が生まれた。
    母の浮気とかそんなんじゃないよ。念のためね。
    ストレスから解放されて妊娠しやすくなったとか、そういうことなんだろうな。
    よく分かんないけど。

    小5の時、たまたま母と叔母が話をしてるのを聞いてしまい
    自分が養女だってことを知った。
    私が友達ともう遊びに出掛けたと思い込んでたらしい。
    その流れで「(母)こんな事なら養子を貰うなんて考えなきゃ良かった」
    「(叔母)でも私ちゃんのおかげで授かれたのかも知れないよ」
    「(母)そうなんだろうけど、やっぱり早まったって思っちゃう」
    なんてことも聞こえてきて、目の前が真っ暗になった。
    実はそれまでにも父も母も私より弟の方が可愛いんだなって思うことはあった。
    でも小さい方に手を掛けるのは当たり前なんだろうと思うことにしていた。
    そういうことだったのかと思うと悲しくて悲しくて
    近所にある鉄橋の下で思いっきり泣いたの覚えてる。
    その後私にとって一番怖かったのは、父と母が本気で私に飽きて
    放り出されることだった。
    それ以来、母の手伝いをこれでもかってぐらいした。
    母はそれを喜んでくれた。
    父の方は、仕事から帰ってくると肩叩きをしようとしたら断わられて
    「疲れてるんだから寄ってくるな」みたいに言われて
    以来なるべく近づかないようにしてた。
    弟は可愛かった。
    何も知らずに懐いてくれるのが嬉しかった。
    そんな感じで表面上はそれまで通りの家族として過ごした。

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