思い出

    396 :名無しさん@おーぷん 2015/05/04(月) 07:44:11 ID:QXR
    高校生の時、親の仕事の都合で他県に引っ越しした。

    長く住んだ地元を離れるのが辛くて、同級生や古い友達に別れを言うのも勿論、
    子供の頃通った公園や遊び場を巡ってインスタントカメラで写真撮ったり、馴染みの商店をハシゴして
    お別れ言ったりした。
    冬空の下、白い息吐きながら自転車で駆け回ったのをよく覚えてる。

    あれからもう十数年経ってるんだけど、最近なんか思いついて、「あの地元は今どうなってるんだろう」
    と町名を検索したら、検索のわりと上位に古い強盗杀殳人のニュースが出てきて、
    私が引っ越した数日後、挨拶した店のお婆ちゃんとその家族が杀殳されてたことを知った。

    ニュースにはなったんだろうけど、バタバタ引っ越ししてたせいか全然知らなかった。
    当時撮った写真を探してみたら、そのお店の外観写真があって、その写真の裏に、書いた覚えもないけど
    「オバちゃんまた買いに来るよ!」って私の字で書いてあって、なんだか泣いてしまった。

    また、なんて何の当てもない約束をする自分は若かったのだなー
    ゆく河の流れは絶えずして何たら、だよなーとメソメソメソメソ泣いて、夫と子供に心配させてしまった。

    491 :おさかなくわえた名無しさん 2017/11/29(水) 09:44:10 ID:xTgTyFdq.net
    俺は「御手洗」なんだが、もう、あだ名がストレートに「便所」なのは、小学生の頃から諦めて受け入れてた。
    ただ、好きだった女子が、「便所君とだけは結婚したくないよね、名字が便所とかタヒねる」と友達と話してるのを耳にしてしまった時だけは、先祖を本気で恨んだよ。
    将来的に結婚して子どもが生まれたとして、息子娘も「便所」と呼ばれる宿命なんだと思うと、いっそ婿養子に入ってでも、回避したいと思ってる。

    1 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/01/07(木) 02:48:47 ID:47KK2/p3.net
    タヒんでから半年以上経つのに、兄貴のことを思い出すと今でも泣けてしまう
    どうしたら乗り越えられるんだ

    469 :おさかなくわえた名無しさん 2018/01/09(火) 15:03:23 ID:Kij6ULgk.net
    母親が整理魔という話題があったけど…
    別れた元旦那が自分が必要ではないもの。
    必要と思わないものは捨てる人間だった。
    結婚して直ぐに幼稚園からのアルバムや文集も捨てられたよ。
    気がついたのが2ヶ月後くらいで、問い詰めたら、
    「2ヶ月も気がつかなかったんだから、必要ないものだろう」
    その後も、結婚前に買ったり貰ったりしたアクセサリーを売られたり
    (自分がプレゼントしたもののみ残っていた。「要らないアクセサリーを売ってやった」くらいにドヤ顔で報告してきた)
    祖母が亡くなった時に探しても喪服が無いので聞いたら「10年間一度も着ていないから捨てた」
    など、書き出せばきりがないくらいに色々捨てられている。

    でも、彼は自分の思い出は押し入れ1つ分有った。

    55 :名無しさん@おーぷん 2017/05/26(金) 16:43:32 ID:???
    この場を借りてグチらせて頂くわね
    なんだか一人じゃ涙の収拾がつかなくなっちゃったの

    婆のお友達のお子さんが結婚なさってね、お相手の方がとてもかわいいって褒めるのよ
    その方、娘さんの旦那さんもすごく褒めるのよね
    で、婆も昔のことを思い出しちゃったの
    もう亡くなって随分経つ婆の母の言葉が棘の様に刺さって見ないフリしてたけど幸せそうなお友達を見て、婆も母にこんな顔をして欲しかったなとグリグリ抉られるのよ

    それはね、爺についての言葉なの
    若かった爺は親戚の年上の方に評判が良くて、マメで、悪い人じゃないのよ
    ただちょっとノリが田舎で合わない人もいるかもしれないそんな人なの
    交際の挨拶に行ったときも結婚の挨拶に行ったときも…両家の顔合わせでも言わなかったけど婆に男児が生まれて初めて言われたの
    あの男の血が流れてると思うとおぞましいから今後顔を出さないでと
    父はその時既に亡くなっていたから何でもしてくれる爺が妬ましかったのかもしれないわ
    でも実の母に鬼のような顔をされて…孫の顔すら見たくない
    あの男(爺ね)、初対面から大っ嫌いよって言われて何も言い返せなかったの
    爺もその場にいたから不本意ながら聞かせてしまったわ
    自宅に帰って爺に変えていく努力はするけれど、もうあの感情は覆せないかもしれない
    もしそうなったときも今のままなら君の家族は戸籍上この三人だ
    母と相容れられなくても大丈夫か確かめられたの
    婆はそのとき爺と子供を選んだわ
    近付く努力はしたけれど結局婆の妹に母は危篤でもタヒんでも我が家に連絡はしないように言い残して亡くなったの
    妹もそれを守って葬儀が終わって相続時に全放棄の印をくれとだけ連絡してきたの

    婆は子が連れてきた人が例え気に入らなくても、犯罪に関わったり子の苦労が見えるような人でない限りは墓まで持って行くわ
    あんな思いは子にも相手にもさせてはならないの

    母の別離の言葉のあと孫の写真が見たいと一度言われたわ
    素直に婆は子が遊んでいる写真を送ったの
    すぐに封書で何か送られてきたわ
    …写真の燃えカスよ
    何の写真家わかるように全部は燃してなかったわ
    それ以来、婆も連絡が取れないようにしてしまったの

    長々とごめんなさいね
    どうしても吐き出したくなってしまったのよ

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