復讐

    381 :名無しさん@おーぷん 2014/08/03(日) 15:09:46 ID:NsWUcyYo9
    二三度遊んだ女に家凸され嫁に離婚された。
    嫁は凸されたその日に実家、俺実家、俺上司の奥さん(仲人だった)にチクリ
    俺が帰宅するとすでに包囲網は固まっていた。
    おかげで慰謝料むしられ、生まれたばかりの子供にも会えなくなり
    会社にいづらくなり退職と、金も家庭も仕事もいっぺんに失った。
    俺は凸女に復讐してやろうと思った。
    凸女に「結婚してくれ」と言い文無し職無しでアパートに転がりこんで
    しばらくはヒモ生活。しかし家事はきっちりやった。
    凸女はわりと稼ぐ方なのでヒモ飼いには抵抗がないらしく逆に
    「ここまでしてくれるなんて」と感激していた。
    凸女の信頼を得た俺は改めて女にプロポーズした。女はYES。
    すぐに婚姻届を書いて「俺が出してくるよ」と家を出て、そのまま破り捨てた。
    女には役所で無事受理されたよーと話しておいた。
    その後俺は夫婦なんだからと家計を預かり、カード管理もするようになった。
    半年ほど従順にヒモを続けた。そして何度かに分けて限度額いっぱいの金をおろし
    残高が小銭しかなくなったところで県外に逃げた。
    その金でしばらく転々として、今は縁もゆかりもない土地でてきとーに生きてる。
    凸女がどうなったかは知らん。だがあいつに復讐したことで不思議と
    嫁と子への執着も断ち切れたっていうかどうでもよくなった。
    こないだなんとなく思いだして凸女がやってたブログを覗いてみたら
    俺がいなくなったあと「タヒにたいタヒにたい」みたいなこと書いたまま放置されてた。
    ほんとにタヒんだのかもな。でもどうでもいい。

    496 :名無しさん@おーぷん 2014/08/24(日) 02:16:21 ID:hi2LCDTHj
    昔やった復讐

    元彼Aと27歳から3年間付き合ってた
    付き合って1年後(私28)に浮気発覚
    それから2年目(私29)になるまで1年悩んで、復讐を目論んだ

    Aの浮気相手は私と付き合う前に付き合ってたAの元カノ
    要はダラダラと切れてなかっただけ
    だけど土日や連休は毎週末私と泊まり
    クリスマスもAの誕生日も私と過ごし
    A元カノは平日仕事が終わった後だけ会っていた模様
    完全に日向の彼女(私)と日蔭の彼女(A元カノ)

    A元カノと別れるように頼んでも
    「ただの友達」「はいはい、もう会わない」とのらりくらり
    いざとなったら結婚なんてできるし、責任のない気楽な独身貴族で
    自分と結婚したい女2人に愛されちゃってる罪な俺様に酔っていたみたい

    正直Aはスペックがよかったので私も当時は結婚したかったし
    自分が日向で優遇されてるとはいえ、悩んだ1年ですごく痩せた
    そろそろ29歳という頃、Aと付き合う前に付き合っていた元彼Bから連絡があった
    Bのお父さんの訃報だった

    71 :名無しさん@おーぷん 2015/01/18(日) 10:00:24 ID:V9V
    コトメと一緒に嫁いびりしてくるトメ
    でもコトメが嫁ぎ、トメも大病患ったりして弱り、いびられることも少なくなった
    とは言え、焼かれた昔のアルバムや盗まれて他人にあげられた祖母や母の形見など、取り戻せないものが返ってくるわけでもない
    そしてウトが逝き、消沈したトメは床に伏せるようになり、痴呆の症状も出てきた
    旦那は単身赴任の上忙しく、コトメは隣県で自然と介護は私がやることに
    伏せてから一年程でトメは亡くなった
    通夜でコトメは泣きながら私を責めた
    こんなに早くタヒぬなんておかしい、お前が毒でも盛ったんだろう!とか
    旦那や親族の一人が、私は仕事も休職してちゃんと介護していた、自分は何の手伝いもしなかったのにそれはないだろう、とたしなめた
    そもそも最期は病院で迎えたから、不審タヒというわけでもない
    他の親族は、コトメちゃんもお母さん亡くして気が立ってるのよ、とかばっていたが、
    私は泣き崩れ、一生懸命に介護したこと、頑張って長生きして欲しかったことを訴えた
    嫁いびりをしていたコトメや、それを知っていた旦那以外は、私に同情し、中にはコトメに、実の母親なんだからアンタもちゃんと看てあげるべきだったと厳しく言う人もいた
    居づらくなったのかコトメはコトメ旦那を置いて出て行った

    実際、トメがたった1年でタヒぬなんて思ってもみなかった
    おかげで言いたいことも全部は言えず、やりたいことも半分くらいしか出来なかった
    それでもトメがコトメに遺しておこうとした着物や宝石(高かったらしいが古臭いもの)はほとんど始末出来た
    子供時代のコトメを写した写真もトメの目の前で燃やした
    トメが、コトメちゃんに会いたいと言えば、呼んだフリして、来ませんねえ、もうお義母さまのことはどうでもいいのかしらねえ、と語りかけた
    ごめんなさいと謝られれば、じゃあ母の形見返してください、返してくれたら許してあげますよと言った
    食事はちゃんと栄養第一で作ったが、味は泥水の方がマシじゃないかってくらいまで不味くするのに苦労した
    毎日こんな風にするだけで人は衰弱してタヒぬんだね、脆い
    毒、か
    言葉も毒と言えるなら、コトメのセリフも間違ってはいない

    295 :名無しさん@おーぷん 2016/01/11(月) 13:41:25 ID:uzU
    職場で新しく組むことになった新人の女(Aさん)が雑談の中で
    今までこの人!と思って落とせなかった男性.はいなかったと言った。
    男性.を落とすのにはコツがあって、それは別に身体を武器にすることではない、
    そのコツがなにかは内緒~らしい。
    すごいなぁと思いながら、その事が強烈に印象に残ってた。

    それから数ヶ月経った頃に、Aさんと一緒に外回りしていたら
    以前喧嘩別れした元友人のB子とバッタリあった。
    B子の後に隠れるように、バツが悪そうに元彼の姿も。
    B子は「今、式場の予約してきた所なのー」と得意顔。
    B子と別れたあと、Aさんが「さっきの男性.、あの人の婚約者?」と聞いてきた。
    「好みかも。ああいうちょっと頼りない感じって好きなんですよね」と。

    B子は私と彼が付き合ってることを知ってて友達なのに横取りしたこと。
    横取りされた時「好きになったら奪うのは当然。自分の気持ちに素直になっただけ」
    と言ってのけたこと。
    「あんた(私)と違って、彼氏を奪われるようなヘマ、私だったらしない」
    と笑われたこと。
    ・・・を、ある期待を込めてAさんに話した。
    私がAさんに話したのはそれだけだけど、Aさんは期待通りに
    B子から婚約者を奪ってくれた。

    元彼のことは馬鹿な浮気性.の男だと見抜けなかったのは自分だし、
    あのまま知らずに付き合わなくて良かったと心から思ってる。
    なので今更なんとも思ってないけど、
    B子が婚約者を奪った女が私と一緒に歩いていた女だと知って
    私の差し金だと思い込み(ある意味正しいけどw)、
    家まで怒鳴り込んできた時、
    「あれれれ?好きになったら奪うのは当然だって言わなかったっけ?
     奪われるようなヘマしないとも、あんた言ってたような気がするけど
     違ったっけなぁぁぁ?」
    と言い返してやることが出来て、やっとあの日の屈辱をはらせた。

    556 :名無しさん@おーぷん 2016/03/09(水) 03:54:54 ID:Icj
    まっっっっったく意図せず復讐してた話

    叔母は同性.に厳しい女性.だった
    プレゼント、お年玉、喋り方、色んなことで男の子と女の子で差別してくる人だったから小さい時から変な人だとは思ってた
    雨の日に母が傘を持ってきてくれたことを話した時に「女の子は不幸に慣れていないといけないのに…」って言われて、あっこいつ頭おかしい…と確信した
    思い返せば本当に頭おかしい人だった
    生理痛が重くて病院に行った姉に
    「昔の女性.は我慢していた。今の女の子は堪え性.がない」
    弟と差別されて苦しんでた従妹に
    「我儘だね。昔は男の子だけが進学を許されてたのに。時代が変わったのかしら」
    一番タヒんでほしいと思ったのはうちの妹が痴/漢にあって警察に駆け込んだ時のセリフ
    「昔の女の子は自衛してない自分が悪かったって思って乱暴されても誰にも言わなかったんだよ。今の子は恥じらいがないね」
    今のセリフ書き込むだけで憤タヒしそうになったわ
    この件で親と私に文字通り叩き出されてから我が家には寄り付かなくなった

    この叔母が祖父母(この叔母にとっての両親ね)の家から同居してた旦那さんを連れて出て行ったことを最近になって知った
    その理由がどうも私らしいんだけど当の私は全っっっく意図してなかったのでかなり反応に困った
    私は大学進学を期に上京したんだけど母とは仲良かったから一人暮らしを始めた後も文通したり写真を送ったりしてた
    まあ平凡な大学生だから手紙の内容はバイトとか学業とかサークル活動とか飲んだ食べた旅行に行ったとかそんな程度だけど
    それが叔母の切れるきっかけになったらしい
    私ぐらいの歳の頃の自分と私を比べて惨めな気持ちになって、侘しい青春を遅らせた祖父母のことが憎くてたまらなくなったんだと

    今頃どうしてるか知らないけど、もう二度と我が家には関わってほしくないと思う

    このページのトップヘ