叔母

    75 :名無しさん@おーぷん 2016/09/08(木) 22:03:51 ID:1sl
    じゃあ叔母がキ〇ガイだった話でも。
    5月に産まれた従兄の名付けで盛大に才柔めた。
    長男が産まれて出産フィーバーだったのか、従兄の名前が吏良万寿になるとこだった。
    読み方はりいます。
    叔母が大のハ〇ーポッター好きで絶対に吏良万寿にするって聞かなかった。
    他にあった候補は、留優品(るうぴん)人狼(りーます)一等星(しりうす)。
    初めて聞いた時は本気で冗談かとおもった。
    叔母旦那や母、祖母は勿論私も本気で止めたが聞く耳持たずに盛大にヒスってた。
    滅茶苦茶暴れて実家の食器棚と食器破損。
    叔母旦那平謝り。弁償して土下座までしていた。
    その後、もう全員諦めかけた頃に妹の
    「そんな名前ペットにだってつけたくない。」
    発言により叔母が正気に戻る。
    結局叔母旦那の提案により陽介になった。
    出産フィーバーって怖いんだなって思った話。

    6 :名無しさん@HOME 2002/09/10(火) 09:42:00
    中学生のときに心臓発作で道端でタヒんでしまったと聞いていたおばさんが、
    実は自杀殳だったと10年以上もたったときに知った。
    そのおばさんは被害妄想がひどく、近所の人に見張られているとか
    口走るような人だったらしい。
    その話を聞いたときに「だから自分は自杀殳願望があって、自杀殳しようと
    したりしたのか」と納得してしまった。
    自杀殳は遺伝しないっていうけど、それを知ってから怖くて子供を産もうと
    思えなくなった。

    761 :1/2 2018/03/08(木) 08:43:41 ID:2A3bxXRi0.net
    叔母がいわゆる統合失調症患者で旦那に離婚されて子供も取り上げられ、
    父が引き取って面倒を見ていた時期があったんだ。
    基本、問題ばかり起こしていた叔母だが、
    当時小学生で叔母の長男と同じ年齢だった俺は妙に可愛がられてた。
    でも、やっぱりどこかちょっとおかしくて、近所の人とトラブルを起こしたり
    俺に対しても物凄く怒鳴りつけたり、泣き出したり、メチャクチャだった。

    ある日、叔母はうちの斜向かいにすんでいたIさんとちょっとしたトラブルを起こした。
    ただ、叔母にしては珍しくIさんを怒鳴りつけたりしなかった。
    後から叔母は「あいつはどうせ屋根から落ちてタヒぬから、いいんだよ」と言っていた。
    叔母はそういう妄想と現実の区別がつかないことがよくあった。
    兄のことは「トラックとトラックにはさまれてタヒぬ」と言い
    母については「頭の癌でタヒぬ」といい、父は「海で溺れてタヒぬ」と言っていた。
    叔母に「自分はどうやってタヒぬの?」と聞いたら「私は首つってタヒぬ」と言った。
    それからしばらくして、叔母は実際に首をつって自杀殳をした。
    その頃には、叔母はかなり荒んでいて、お風呂にも入らず異臭を放っていたり
    包丁やハサミを持ち出して近隣の人を脅したり、勝手に庭に穴を掘って警察を呼ばれたりしていたので
    正直言うと自杀殳したときはホッとした。

    142 :名無しさん@おーぷん 2015/02/07(土) 14:54:05 ID:z5w
    長文嫌いはスルーして下さい。

    父、母、弟の4人家族だけど、実は私だけ血の繋がりがない。
    子宝に恵まれなかった両親が子供を諦めて施設から私を引き取ってくれた。
    当時の記憶は全くないが、私が2歳の時らしい。
    ところがその2年後に弟が生まれた。
    母の浮気とかそんなんじゃないよ。念のためね。
    ストレスから解放されて妊娠しやすくなったとか、そういうことなんだろうな。
    よく分かんないけど。

    小5の時、たまたま母と叔母が話をしてるのを聞いてしまい
    自分が養女だってことを知った。
    私が友達ともう遊びに出掛けたと思い込んでたらしい。
    その流れで「(母)こんな事なら養子を貰うなんて考えなきゃ良かった」
    「(叔母)でも私ちゃんのおかげで授かれたのかも知れないよ」
    「(母)そうなんだろうけど、やっぱり早まったって思っちゃう」
    なんてことも聞こえてきて、目の前が真っ暗になった。
    実はそれまでにも父も母も私より弟の方が可愛いんだなって思うことはあった。
    でも小さい方に手を掛けるのは当たり前なんだろうと思うことにしていた。
    そういうことだったのかと思うと悲しくて悲しくて
    近所にある鉄橋の下で思いっきり泣いたの覚えてる。
    その後私にとって一番怖かったのは、父と母が本気で私に飽きて
    放り出されることだった。
    それ以来、母の手伝いをこれでもかってぐらいした。
    母はそれを喜んでくれた。
    父の方は、仕事から帰ってくると肩叩きをしようとしたら断わられて
    「疲れてるんだから寄ってくるな」みたいに言われて
    以来なるべく近づかないようにしてた。
    弟は可愛かった。
    何も知らずに懐いてくれるのが嬉しかった。
    そんな感じで表面上はそれまで通りの家族として過ごした。

    407 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2016/04/28(木) 17:31:28 ID:IEf0RL6b.net
    叔父から電話がありお礼を言われた
    なんでも騙されかけたが俺のおかげで助かったそうだ
    なんのことだと聞いてみたら・・・

    前に親戚一同が集まって食事をしてたときに
    知り合いがオレオレ詐欺の被害に遭ったそうで叔母連中は怖がって
    「うちにもかかってきたらどうしよう?」なんて話してたんだ
    俺は適当に「そんときは『お前コータローか?』と聞け」と言っといたんだが
    まさか本当に聞くとは思わなかった
    そして叔母がそう聞いたら「そうだよ」と相手が答えたので思わず吹き出し
    「人間になれたんだね良かった~」と言ってやったんだそうだ

    だってコータローは叔母のところで昔飼っていた犬の名前だったから

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