鬼女のつぶやき〜2ch鬼女・キチママ・生活まとめ〜

主に2ちゃんねるの鬼女関連のスレッドをまとめています。修羅場、恋愛・結婚、育児関連の記事が多めです。


    765 :名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木) 22:35:25 ID:9w7
    父の元の会社を兄が潰した話

    父 毎日6時に家を出て、24時過ぎに帰宅の多忙トラック運転者。休みは日祝日のみ。

    兄 自営。建設やら不動産やらいろいろ手を出してて何か本業かわからない人。怒らせると怖い。

    自分 底辺サラリーマン。

    父が42年勤めた会社を辞め、3人で飲んでいた時に父が兄によろしくお願いします。と、資料を渡した。
    どうも過去5年分の運送記録っぽかった。
    兄がどうも残業代を取り戻すらしい。
    聞くと父はボーナスも雀の涙ほどしかなく、残業代もなし、あげくに退職金もなしだった。


    198 :名無しさん@HOME 2013/09/23(月) 21:15:42 O
    長文な上に携帯から失礼します。
    私が幼稚園児の時に父親が浮気をして、それから十年以上も別居状態に。
    父親が出て行く時もそれなりに修羅場だったけど、私にとっては小学生の時に兄から性的なイタズラをされた時の方がずっと修羅場だった。
    車で眠っていたら下半身を触られていたり、お風呂に入ってこられたり。
    すぐに母親に言えば良かったのに、自分のされていることがとても恥ずかしいことのように思えて、ずっと隠していた。
    それから自分を守るために反抗的な態度を取るようにしたら、兄と母親と祖母の輪に入れず、腫れ物のような扱いに。
    それも私が高校生になるまで続いていたんだけど、県外に出て久しぶりに家に帰ってきた兄と顔もせずにいると、母親から「どうしてあんたはいつもそうなの」と叱られた。
    その瞬間に頭に血が上って、こんな家壊れちまえ!と強く思った。ので、洗いざらい兄にされてきたことを三人の前で話してあげた。
    すみません、もう少し続きます。


    554 :名無しさん@おーぷん 2016/08/20(土) 21:10:19 ID:rqQ
    家を出た。
    たぶん二度と帰ることはない。
    原因は親。
    医者なものでかなり傲慢で自分の都合よくいかないと許せないタイプ。
    私の兄を後継にしようとして育てたが浪人×3でなんとか希望大学の医学部に合格。
    散々家で罵られていた兄だったけど努力して努力して医学部に入れた。
    が、親は3浪して医学部なんて屑だ。遅れている分を取り戻せと無茶を言い始めた。
    金にものを言わせて現役の医師や新人医師を使って大学に入ったばかりの兄に英才教育という名の拷問を始めた。
    大学の講義、家で家庭教師による指導、家では常に宿題を解く日々。
    受験勉強以上に兄は追い込まれていった。
    私と会話することもなくなりご飯も部屋で食べるか食べないかの状態になっていった。
    そして大学に入ってからの最初の試験はトップになった。
    ところが親はそれでも許せなかったようで遅れているのだから常にトップを取るのは当たり前だとピシャリ。
    兄は分かりましたと返事をして部屋に戻っていった。

    翌朝、兄が自杀殳しているのを母が発見。
    悲鳴を挙げることなく父に報告し父が救急車を呼んだ。
    タヒんでいるというのはすぐに分かっていたのだろうけど一切救命措置はしなかった。
    その後に警察が来たりしたけど親は淡々と応対してあれよあれよと処理されていく。
    私だけが泣くだけで親や祖父母さえも涙を見せず密葬で済ませて兄は骨になった。
    それを父は海に散骨して墓に入れることさえしなかった。
    私には兄はいなかったと思えと言うだけであとは日常生活に戻っていく親たち。
    どうやってもその神経が私には分からなかった。

    私は母の指導で看護師をしながら花嫁修業をしていた。
    いずれは父が強引な見合いをさせてどこかに嫁がせるつもりだと思っていたから逃げることを決意。
    友人に協力してもらい遥か遠くの病院の看護師募集に応募し採用されたのが少し前。
    ようやく今は一人暮らしをしながら生活できるようになった。
    あんな気持ち悪い連中と関わるのは生きているうちは絶対に嫌だ。
    何が何でも逃げ切るつもりだし最悪兄と同じ道を辿ってでもあいつ等のもとに帰るつもりはない。

    決意表明ということで書いた。
    お目汚し失礼。


    426 :名無しさん@HOME 2014/01/28(火) 11:50:52 O
    五レスほど失礼。
    初めて出来た彼氏を実の“兄”に寝取られた話。
    念のため断っておきますが私は女です。
     
    中学二年のときの話。
    私の家は田舎の小さな町で代々個人商店を営んでいます。両親と祖母、兄と私の五人家族です。
    二つ上の兄は成績優秀で、隣の市にある県内でもトップクラスの高校に通っていましたが、いわゆるオタクでルックスには無頓着。暇さえあれば部屋に閉じこもりゲームばかりしているタイプでした。
    当時の私は反抗期真っ盛りだったこともあり、友人に胸を張って紹介できないような兄のことは正直嫌いで、ロクに会話もしていませんでした。
     
    梅雨入りの頃だったと思います。兄がクラスメイトの友人を家に連れてきました。
    兄がたまに連れてくる友人といえば大体は兄と同じようなぱっとしない人ばかりでしたが、その彼はすらりと背が高く、細身だけど筋肉質で彫りの深い顔をしたイケメン。
    母に促され「ハイハイ、どうせまたオタク友達でしょ?」と嫌々ながら部屋に飲み物を運んで行ったところ、爽やかな笑顔で「こんにちは」と挨拶され、その場で固まり一目惚れしてしまいました。
    彼が帰ってから、さんざん迷いましたが我慢しきれず兄の部屋に行き、彼について尋ねました。
    彼の家は離れた市にあるのですが、近くには学力に合う学校が無かったため、ちょうど兄の高校と私たちの家との中ほどのところに下宿しながら通っているそうです。
    普段は目を合わせようともしない癖に必タヒに食いつく私に、兄は戸惑いつつ苦笑していました。
    それまでも何となく「カッコいいなあ」と憧れる人はいましたが、本格的な初恋は初めて(おかしな表現ですが)だったので、テンションが上がりまくっていたんだと思います。


    76 :彼氏いない歴774年 2013/01/24(木) 18:39:24 ID:dWihaHhQ
    兄から遺書を渡されたこと


    私の家は父が私が出生してすぐに離婚し、旧姓に戻った母親とその父である祖父・祖母・兄と私で暮らしてきた
    旧軍人の祖父と祖母は商売をしていて母もその手伝いで私と兄を大事に育ててくれた
    おかげで私も兄も成長し、兄が自衛官・私は大学生になっていた2011年
    あの東日本大震災に兄が災害出動することになった

    出動前に兄が自宅に戻ってきて祖父・祖母・母と私と食事をすることができた
    兄はいつもの調子で冗談を飛ばし、直接の被害がなかったとは言え沈んでいた私たちを笑わせてくれた
    だが深夜になって私と祖父を呼んでこう切り出した

    「今回の出動では地震津波被害の他にも原発への救援もある。だから万が一にも無事に戻っては来れないと思う
    どうか自分がいなくなったあとも、家族をお願いします」と祖父と私に遺書を渡してきた

    私は兄がタヒにに行くんだと思って取り乱して泣いて嫌がった
    祖父はそんな私を諌めて兄の遺書を粛々と受け取った
    改めて兄に向き直り、

    「国家危急の時、○○家嫡男として国民の為に尽くし、決して生還を諦めずに戦いなさい」
    と兄に激励の言葉を送った

    翌朝まだ日が明けぬ内に兄を見送った
    祖父と兄が互いに敬礼し、昨夜の遺書もあっていやがおうにも非常事態ということを認識させられた私の心は修羅場だった


    無事に活動を終え、戻ってきた兄に抱きついてわあわあ泣いたのをご近所中に見られて恥ずかしかったと、兄があの時を振り返って嬉しそうに言ったので書いてみました
    失礼しました

    このページのトップヘ