同級生

    635 :名無しさん@おーぷん 2016/08/12(金) 21:10:37 ID:XGz
    代々の金持ちや良家の子女はあんまり居なくて成り上がりの中小企業社長や小金持ちのぼっちゃんなんかがよく通ってた私立中学での云十年前の話なんだけど
    その筋方々の子供もそれをひけらかす事もなく普通の子として結構通ってたのね
    子供はいい学校行かせて大学行かせてカタギとしてまともな人生を、と考える893屋さんも少なくないらしくそういう家庭の子は親があんまり表立たないようにしてたみたい
    威張り散らす奴も居たけど大体途中で辞めて居なくなる
    そんな突出して偏差値の高い学校でも無かったけれど名門私立には落ちたような子が通う学校の話

    そこでどこにでもあるような陰湿なイジメが起こって担任も咎めるどころか荷担してたとしか思えない対応をしてその子が自杀殳未遂しちゃったのさ
    それ以前からその子母親が学校に相談しても担任の怠慢もあってまともに取り合ってくれなかったみたいでさ
    で、内容は知らないけどどうやらその子は遺書を書いてたらしい

    それから暫くしてある日を境に学校に担任が来なくなった

    756 :名無しさん@おーぷん 2016/04/16(土) 00:23:04 ID:Drq
    九州にいる同級生が無事だったんで思い出したことを懺悔込みで書き込む
    25くらいの時に開かれた小学校のクラス会
    会場の同じテーブルには当時クラスで同じ班だったり委員会が一緒だった面子が集まっていた
    たまたまそこに小学校の教員になったのがいて「最近の子供が関心意欲が薄くなったと感じるけど自分達もそうだったかな~」なんて言ってたんで
    俺は「いや中学に上がれば多少はスレるけど小学生のうちはたとえ男子でも純粋で俺らも学校で習ったことや関係してることにはなんでも食いついてたもんだ」って言ったんだ
    当時6年生の俺らの担任が凄く熱心で厳しいタイプだったせいもあってクラスメートの皆がわりと意欲ある感じだった
    だから正直にそう言ったんだけど向かいに座ってた班が同じだったA(女)が「んっ?」とした顔をしている
    なんだ?なんかおかしいこと言ったか?とAの隣に座ってた当時の親友に目をやったら奴はAにヒソヒソと「まあまあ」みたいに言いそれにAは苦笑い
    おいおい嫌な感じだなと後で親友を問い詰めたところ
    「おまえ覚えてないかもしれないけどさ」と教えてくれた内容がたしかに覚えのないもので

    小6当時俺らの小学校には図工とか理科とかの専門科目の専任教師が少なかった
    家庭科もその例に洩れず先に書いた熱心な担任が教えていた
    調理実習の時にはその担任の意向で各班で材料の見積もりをし前日に自分らで買い出しをしなければならず
    当日に材料が足りなかったり相場がよくわからずバカ高い食品を買うと必ず後で雷が落ちた
    とすれば近所のスーパーのどこで何を買うべきかといった知識は親から聞いて得なければならなかった
    ある実習の買い出しの時、班員で待ち合わせをしてて一番乗りがAでそこに俺と親友が続いたらしい
    残りのメンバーを待ってる間Aが俺に「これから行くスーパーがちょうど今日特売であれとこれ(翌日使う材料)が安いんだって!」とにこやかに言ったらしい
    それに対し俺は「ふーん……だから?」と一言
    親友が言うには俺はAの顔も見ずにそう返したんだそうだ
    Aが一瞬で表情変えて「あー…安くてよかったねって…」と返したのを見て親友は焦って「ラッキーじゃん!てかみんなおせー」ってフォローを入れたんだと
    「あれは良かれと思って言ってくれたのにな~ほんとAが可愛そうだったわw」って親友は言うんだけどまっっったく覚えてない
    自分がそんな感じ悪い態度を取ってたなんて衝撃で親友が嘘ついてんじゃないかってくらい信じられなかったが
    中学に上がってから公立組のAと親友含めた同じ小学校のみんなはちょくちょく思い出話をしてたらしく(俺は私立だった)親友があの時あいつがごめんなみたいに言ったところ
    Aは「ちょっと苦い思い出だけどみんながみんな学校の外でまで授業のこと熱心にやってるわけじゃないってことをあれで学んだ 自分がアホだった」みたいなことを言ってたらしい
    Aは当時熱心な委員長タイプでもうざいタイプでもなく普通のよくいる女子で俺は俺で別に授業に熱心なふりをして外で不真面目なつもりもなかった たぶん
    疑うつもりはないが本当に自分がそんな態度をとったんなら安売りが結果として班の評価に繋がるって発想にならなかったか
    あるいは「その話のオチは?」みたいなニュアンスで言ったんだと思う それでもよかないが
    だけどAにそういう印象を持たれたってことは買い出し中も俺は事務的な感じだったんだろうか覚えてない
    更に衝撃だったのは他でもそういう返しを結構してたらしいことだ
    それらも全て覚えていないのは逆に親友に呆れられたが覚えてないものは覚えてない
    それでも無意識に人を傷付けていたってことは気分が悪く、またあの同窓会の席には俺のことを「要領良く授業受けてた奴」と見てる人間が確実に2人いたわけで
    その前でドヤ顔で発言してた俺はさぞ滑稽だっただろう
    そんな恥の気持ちと小学校のこといつまで覚えてんだって気持ちとないまぜになった(そん時だけ)
    ぶっちゃけA含め女性陣は皆綺麗に垢抜けてたし酒も入ってて舞い上がってたのはある
    いやAには悪かったと思ってる

    579 :おさかなくわえた名無しさん 2013/01/30(水) 17:37:04 ID:wnvOeKf0
    武勇伝というには激しさが足りない話かも知れないけど

    小学生の3年4年と親の仕事の都合で祖父母の家で暮らしてた
    生活自体は楽しかったけど、クラスのバカが参観日に来た婆ちゃんを見て
    「ババア」ってあだ名を付けてからかうようになった
    あだ名は最終的に「ウ〇コ」になって、由来も参観日に来た婆ちゃんが
    ウ〇コ漏らしたからというとんでもないデマに
    修正しようとしたけど出来なくて、婆ちゃんをバカにされたのが
    悔しくて相手のバカと喧嘩になって、怪我をさせてしまった
    呼び出された婆ちゃんに理由を黙ってたけど結局ばれてしまった
    婆ちゃんは「お前はいい子だねぇ、ありがとう」と頭を撫でてくれた
    この一件であだ名も自然消滅して4年になった

    持ち上がって初めての参観日に婆ちゃんが来てくれたんだけど
    白髪を染めてなんか女優っぽい髪型にして化粧をして
    真珠のネックレスをしてよく似合う桜色のスーツを着てた
    最初ちら見した時は婆ちゃんだと思わなかった変身っぷり
    授業中何度も振り返って婆ちゃんを見たけど
    モデルみたいに真っ直ぐ立ってにこにこして見てくれてて
    美人じゃないけど、他のお母さん達に負けてない華やかさだった
    クラスのバカは「ババア」が来ると思ってたらしくて
    ニヤニヤしながら振り返りまくったんで先生に叱られた
    当然その後にあだ名が復活する事はなく平和に過ごせたよ

    余談だけど婆ちゃんの桜色のスーツはオーダーのなんだけど
    今私が着ると、身長は5センチくらいしか違わないのに
    ウエストはきついのにお尻と胸は余る
    50歳手前の頃の婆ちゃんはナイスバディだった

    521 :可愛い奥様 2018/06/21(木) 23:52:52 ID:2tJzEKeX0.net
    なんとなく誰にも言えないことを投下
    高校時代に好きだったクラスメイトがいた
    特にかっこいいわけでもないし目立つタイプでもなかったけど
    いるのが当たり前みたいな、普通に好きだったんだと思う
    ずっと一緒にいてお互い淡い恋愛感情があったと思う

    けど親の転勤で彼が海外に行くことになった
    当時は海外行くとケータイ解約だったので音信不通に
    そのあと誰のことも好きになれなくて、好きになる気もなかった
    月日は流れて20歳くらいの時クラブにハマってたんだけど
    そこでなんと当時の彼と瓜二つの男の子を見つけた
    ホント顔も表情も同じで唖然として見てて釘付けになった
    向こうも気付いて近寄ってきて、その時になぜか「この人しかいない」と思った
    自然の流れのようにその男とそいつの家に行って処/女を捧げた

    家で明るいとこで見ても瓜二つの顔だったし
    なぜかそいつが一瞬メガネになったんだけど、例の彼が授業受ける時にメガネかけてた顔と本当に同じで本当に幸せだった
    みんなには初セ○クスはバイト先の居酒屋で出来た彼氏だったとかテキトーなこと言ってるけど
    実際は行きずりの男なので言えない

    719 :名無しさん@おーぷん 2014/12/16(火) 21:29:18 ID:jhJ
    誰もいなさそうなので、こっそり投下。
    スレチだったらすみません。
    また、障害者や忄生の話が含まれるので、苦手な方はスルーして下さい。

    未だに忘れられないし、友達と集まると必ず話題に上がる話。
    10年程前、私は某福祉大に入学した。
    当時は結構人気の大学で、熱意を持って入ってくる子が多かった。
    大人数のボランティアサークルがいくつもあったし、みんな掛け持ちをして、高齢者、児童、障害者(児)のボランティアに積極的。
    例えば、ドレッドヘアに帽子を被り、ダブダブの服を着てガラスの前で踊っている兄ちゃんが、手話を勉強して手話だけで会話をしながら構内を歩いていたし、ギャル系の子もジャージを着て、長い茶髪をまとめてボランティアに行くとかね。
    障害を持った学生も多くて、聴覚、視覚、身体障害の人がいた。
    友人の誰かが一緒にいる事が多かったけれど、一人でいても気付けば誰かが自然と手を貸し、それが当たり前の学校だった。

    同時に入学してきた中にも、全盲の人(以下L)がいて、Lにはいつもお母さん(以下L母)が付き添っていた。
    L母は講義中の黒板や、掲示板に貼ってある掲示物を読んだり、買い物を手伝ったりしていたから、Lの手伝いをする学生はいない。
    控え目で大人しそうなL母に対し、L君は煩わしそうに強く当たっていたのを、周囲は「そりゃこの年にもなればそうだよね」と思いつつ眺めていた。
    入学してしばらく経つとL母は見なくなった。

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