泣いた…。

    396 :名無しさん@おーぷん 2015/05/04(月) 07:44:11 ID:QXR
    高校生の時、親の仕事の都合で他県に引っ越しした。

    長く住んだ地元を離れるのが辛くて、同級生や古い友達に別れを言うのも勿論、
    子供の頃通った公園や遊び場を巡ってインスタントカメラで写真撮ったり、馴染みの商店をハシゴして
    お別れ言ったりした。
    冬空の下、白い息吐きながら自転車で駆け回ったのをよく覚えてる。

    あれからもう十数年経ってるんだけど、最近なんか思いついて、「あの地元は今どうなってるんだろう」
    と町名を検索したら、検索のわりと上位に古い強盗杀殳人のニュースが出てきて、
    私が引っ越した数日後、挨拶した店のお婆ちゃんとその家族が杀殳されてたことを知った。

    ニュースにはなったんだろうけど、バタバタ引っ越ししてたせいか全然知らなかった。
    当時撮った写真を探してみたら、そのお店の外観写真があって、その写真の裏に、書いた覚えもないけど
    「オバちゃんまた買いに来るよ!」って私の字で書いてあって、なんだか泣いてしまった。

    また、なんて何の当てもない約束をする自分は若かったのだなー
    ゆく河の流れは絶えずして何たら、だよなーとメソメソメソメソ泣いて、夫と子供に心配させてしまった。

    456 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2014/12/12(金) 21:52:32 ID:8fCR/4qT.net
    元彼氏の妹を庇って車にはねられたら搬送先の病院で意識戻った時には子宮破裂と片足(膝から下)がなくなってて愕然としてたら元彼父に
    「娘を危険な目に遭わせやがって!お前の姿を見てショックを受けて泣いてるんだぞ!子供も作れない自力で歩けない女なんか息子の前から消えろ!」
    と一方的に捲し立てられて上手く喋れないし心が折れた。

    それから7年。
    幸い人並みに生活出来るようになったし事故当時の記憶は無いんだけど未だに元彼が好きで幸せな夢を見るけど起きたら修羅場。

    1 :名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2016/01/07(木) 02:48:47 ID:47KK2/p3.net
    タヒんでから半年以上経つのに、兄貴のことを思い出すと今でも泣けてしまう
    どうしたら乗り越えられるんだ

    782 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/05/17(日) 20:54:27 ID:JUIyeg75.net
    修羅場といえば修羅場なので投下させてもらいます。

    少し前、資格とりたくて数年勤めた職場を退社してフリーターしながら資格の勉強してた。
    バイト先は牛丼屋で、基本は22時から朝までのシフト。
    2年前のちょうど今時、深夜1時頃にある父子が客で入ってきたんだ。

    父親は30代くらい。子供は女の子でたぶん2才~3才くらいかな。
    深夜にもかかわらず女の子は眠い感じがなく、活発に喋ってた。
    お冷を持っていったら父親「ちょっと注文考えさせて下さい」と。

    当時は1人シフトで地方都市の国道沿いの店なもんで他に客は無し。
    父子の会話が明瞭に聞こえてきた。

    娘「これナホちゃん食べたいなー」
    父「ナホはこれ食べたいんだなー(財布の中身見て)いいよ、これ頼もうか!」
    娘「ぎゅどんておいしいー?」
    父「うん、すごくおいしいよー!」

    呼び出しが鳴ったので注文を取りに行った。

    父「すいません、この(小盛の牛丼)をひとつください」
    俺「他にご注文は?」
    父「以上です」

    え、子供の分しかないじゃん。お金ないのかなーと思った。
    この父子をよく見れば、父親はけっこう着古したスラックスにヨレヨレのYシャツ。
    娘はもう5月も終わる時期なのにスウェットっぽいズボンに毛玉いっぱいついた長袖。
    荷物は汚い大き目のリュックひとつ。
    明らかに何日かは風呂も入ってないなって感じの風貌だった。

    続きます

    422 :名無しさん@おーぷん 2018/02/15(木) 14:25:41 ID:4Ea
    母の味の話。
    私の母は家事が苦手な人で、家のなかはぐちゃぐちゃ、散財はするし、料理はあまりできなかった。すぐ怒るしすぐ泣くし、理想のお母さんではなかった。でも、私もお姉ちゃんも妹も母のことが大好きだった。
    私が高校生の時、母がパート中に倒れた。あれよあれよという間に入院、脳にグレープフルーツぐらいの腫瘍が見つかった。父と母が結婚する前から出来ていたようだ。手術をして腫瘍を取ったら、怒りっぽかった母は優しくなった。
    あとで調べたら、脳に腫瘍ができていることで、性格が変わってしまうこともあるらしい。たぶん母の本来の性格はこっちだったんだろう。
    手術が終わっても母は入院していた。術後の経過を見るためだと思っていたら、全身に腫瘍が転移してしまった。ほどなくして母は亡くなって、私は実感がないまま受験、上京してひとりぐらしをはじめた。
    自炊はそこそこしていたけれど、就活とゼミに疲れきってしまって、ご飯を炊くのも億劫になってしまったある日、スーパーで炊飯器に入れるだけの炊き込みご飯の元を見つけた。なんとなく買って、その日の晩御飯にした。
    炊き上がっていくごはんの匂いが、すごく懐かしい。家事が苦手だったお母さんが、よく買っていた炊き込みご飯の元だった。
    友達の、お母さんが作ってくれたお弁当がうらやましかった。晩御飯はいらないよ、とお母さんに連絡している彼氏がタヒぬほどうらやましかった。
    泣きながら食べた。お母さんの味。もう二度と食べられることはないと思っていたけれど、こんなところで出会えた。

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