毒親

    422 :名無しさん@おーぷん 2020/07/27(月) 05:04:35 ID:Dp.o5.L1
    私はアラ還の年齢。
    自分の人生を振り返ると下らない人生だったと思う。
    私は中学生の頃から自杀殳したいと思ってきた。
    「いつか自杀殳するだろう、今はその勇気がないから生きているだけ」と思いながら生きてきた。

    私の母はいつも不機嫌だった。父が浮気ばかりしていたのもあるだろうが、母は自分の人生に怒っていた。
    母は公立校の教師だから父と別れても経済的に困らないのに「保護者に批判される」と言って離婚しなかった。家の中は地獄だった。テレビを見るのも映画館に行くのも漫画を読むのも禁止された私にとって図書館にいる時だけがくつろげる時だった。

    そんな母は母の思い通りの人生を私が生きるように指図した。
    母に言われるまま、小6で中学受験をして進学校に入り、その進学校では普通といわれる程度の大学に進学し、母が望むような企業に就職した。
    昔であっても、その会社では「女はお茶くみ」なんてことはなく、社員として業務があり責任もあった。私が25歳になると母は半狂乱になった。理由は私が結婚する様子が無かったからだ。会社の仕事は残業が多く帰宅し
    たらへとへと状態だった。母の口がパクパクと動き私に怒っているのは分かっていても母がしゃべっている内容が頭に入らず、家で元気に待ち構えていた母に抗う気力がなく適当にウンウンと返事していたら、私が理解して
    いない間にお見合いをすることになっていた。

    お見合いの相手はこれも母が望むような企業の人だったが、両親を見てきた私は結婚する気はなかった。でも、私から断る事は母は許さなかった。そんな気持ちの入ってない私では当然、しばらくお付き合いをしても結婚で
    きるはずもなく母の半狂乱の日々が数年続いた。が、ある日、別の見合いの話が来て、何故かその人を私は気に入って結婚した。ゴールデンウィークやその他、土日祝日の休みをお見合いやその後のお付き合いに潰される事
    が多く、見合い話に疲れた私が、母や周囲の人からの結婚へのプレッシャーから離れるための結婚でもあった。

    450 :おさかなくわえた名無しさん 2013/05/02(木) 17:38:18 ID:sry5sDRs
    母親が「隣の子はああなのに、同じクラスの子はこうなのに」
    父親は「お前は俺の子だから出来る、なぜもっと真面目にやらない」
    それが凄い嫌で、ある日反発した
    母親には「隣のお母さんはああなのに、友達のお母さんはこうなのに」
    父親には「おじいちゃんは父さんより凄い人だったのに、なんでもっと真面目にやって上に行かないの?」
    二人共人は人、自分は自分って言い出したから、じゃあもう私と人を比べないでと行ったら激怒して家を追い出された
    事情を話して友達の家に泊めてもらってたら、一週間くらいしてから二人が私を探しに来た
    なんか自分から追い出したくせに「なんで帰って来ないの!」とか言い出すから、友達のお母さんが「それはないんじゃないですか」って
    そのまま二人が口論始めて、「私ちゃんは帰りたい?」って友達のお母さんに聞かれたので、素直に「帰りたくない」って言った
    母さん達泣き出して、アンタなんかうちの子じゃないとか言ってそのまま帰って行った
    それから高校卒業するまでお世話になったんだけど、今思い返しても友達のお母さんが凄いいい人だった

    204 :名無しさん@おーぷん 2020/06/23(火) 17:56:27 ID:Po.wv.L1
    毒親の連鎖に苦しめられている話。
    うちの親は子どもへの愛情はあるので良い親だが、毒親でもある。
    両親の仲が悪く、子どもの私の前で罵倒や喧嘩、酒に酔った父親からの暴力や性.的虐待、母親からの暴言を日常的に見て育った。
    このような家庭で育ったためか、私は物心ついた時から結婚=墓場、子どもを産んだら人生終わりだという考えが根付いていた。
    若い時、人生で一番長く付き合った彼氏は絵に描いたような幸せな家庭で生まれ育ったため、結婚や子どもを望まれた。
    交際2年目か3年目ころ、私は上記のような家庭の事情を説明し、実家がこうだから結婚や子どもを持つ事には抵抗がある、と彼に告白した。
    すると彼は「それ、どこまで本当の話?どうせ大袈裟に言ってるだけでしょ?お前のお母さんに会った時すごくいい人だったし信じられない」と、今まで嘘などついた事もないのに虚言扱いされた。
    そこから「お前なんか俺と結婚する事で初めて人並みの幸せを手に入れられるんだから感謝しろよ」「専業主婦は怠けるからダメ。働いて家賃と生活費は折半して俺より早く帰ってご飯を作れ」などとモラハラ三昧。耐えきれず別れた。
    その彼は私より年上だったため、◯歳までに結婚したいという願望が強く、別れる時はそのあたりも詰められた。そのダメージが大きく、しばらくまともな恋愛ができなかった。
    それから時が流れ、私も落ち着いたので将来を考えられる彼氏が欲しいなと思い、自ら出会いの場に出向いた。
    子どもが欲しくない事、元彼の事、その他過去の事など色々


    806 :おさかなくわえた名無しさん 2014/02/22(土) 02:52:53 ID:J60nBkwu
    ショボいけど。
    サービス業やってる時に余りの民度の低さにストレス溜まってた。
    疲れが抜けないし毎日しんどかった。
    ある日夜にカレーを食べ帰宅したら体が痒い…。

    太ももが2ヶ所蚊に刺されてた。
    放置してるとふくらはぎ、腹、胸、顔以外に無数の蚊に刺された痕にしてはデカイのが浮き上がってきたので救急病院へ。
    結果、蕁麻疹と判明し点滴打って帰宅する事に…と思ったら肝数値が3000超えの肝炎でそのまま入院コース。

    見舞いにきた親に「肝炎って何で感染するか知ってるか?」と聞かれ「さぁ??」と答えると「アバズレの掛かる病気だよ!クソB***h!」と罵られ身に覚え無さすぎて修羅場。
    結局、肝炎の型は不明だったけど親がB***hに仕立てあげたい様子で退院してから縁切りを決意。
    もいっこの修羅場へ。

    312 :名無しさん@HOME 2016/07/07(木) 12:32:10 0.net
    高校のとき県内の進学校に通ってたんだけど、5:20に家出て23:00に家に帰ってくる生活してて、バイト禁止だし、勉強しなきゃいけないから隠れてバイトする選択肢もなくて、月5000円の小遣いで食費を賄わなきゃいけなかったんだ。

    毎日カップ麺ばかり食ってて、身長175あるのに体重も50キロちょいくらいだったんだ。親を心配させたくないし、プライドばかり高かったから、親相手でも物乞いなんてできなくて、タッパにつめた米とカップ麺だけで生活してたんだ。

    夏になって、痛むからタッパ米なしで我慢してたら、ついに栄養失調で倒れて救急車呼ばれたんだ。

    めちゃくちゃ怒られたけど、小遣い2万貰えるようになったよ。

    そのあとは学食で同級生と昼を食べるようになったし、パンとか買い食いできるようになった。
    気づいて貰えるまで、助けてって言えない性.格は治らなかったけど。ていうか気づいてもらっても助けてって言えない。

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