毒親

    972 :名無しさん@おーぷん 2016/08/04(木) 18:11:57 ID:81f
    うちのオヤジは左足がない。
    親戚の間では「私子を助けるために電車がせまっていた中
    線路に飛び込んだ英雄扱い」してるけど本当は違う。

    実際は電車初の私をからかって私を線路に落としたのは
    父だし、やばいとおもって飛び込んでとりあえず私だけ逃したけど財布を落としたのを焦って探して逃げる寸前転んで右足アボン

    駅員に「財布なら探してやるから!」って怒号も無視して探してたボロボロの財布の中には2500円しかなかった。

    私は目の前で父親の絶叫と飛び散る肉片見たせいで未だに焼肉ダメで生肉の切り身見るだけでゾワゾワする。
    この時期になる度に思い出すんだよね、ちょうど夏だったし

    419 :名無しさん@おーぷん 2016/10/17(月) 10:23:42 ID:p5B
    実家から脱出する時は衝撃的なことの連続だったなー
    母には「あんただけ幸せになるつもりなの!?」って泣き叫ばれるし
    自分の娘の不幸を喜ぶ母親ってのは、まぁあいつの本性.は昔からわかってたことだったけど、それでも衝撃的だった
    周りを不幸にして相対的に幸せになっても現状は何も変わらないのにね
    弟には「身勝手なBBA。これから家事はどうするんだ」「身の程を弁えてほどほどの幸せで満足しろ」とか言われて笑われるし
    少なくとも暴力大好きな底辺野郎と姉弟差別&束縛大好きなヒス女のいるあの家ほど不幸な場所はないわ
    家事?そうだね小さい時から私にばっかり押し付けてきたから奴隷がいなくなったら困るよね
    二十歳越えた大人なんだし自分で自分の飯ぐらい作れやカス
    挙げ句の果てに「この国のルールが気に入らないなら出ていけ」とかwww
    「女子供や若者が!!!不幸になる国って!!!いつ決めた!!?誰が決めた!!?少なくとも!私は!了承してないぞ!!
    そもそもなんでお前が居残る側なの!!!お前が!!中東とか行くって発想はないの!!?」
    って喉がイガイガするぐらい叫びながら弟の部屋の机引っくり返して部屋の中のもの薙ぎ倒したら途端に部屋の隅で固まって大人しくなってやんのwwwww
    私が本気で切れたことなんてなかったもんね
    オタグッズ破壊しなかっただけ感謝してほしいわ

    色々と落ち着くまで居候させて下さった先輩と、部屋借りたりするための保証人を代行してくれるサービスの存在や戸籍云々の仕組みを教えてくれた後輩にはどれだけ感謝しても足りないわ
    ほんと出てってよかった

    847 :名無しさん@おーぷん 2015/11/20(金) 10:03:40 ID:ONd
    もう数年前も話だけど、家に私宛の書留が届いて、毒気味の親がそれを勝手に受け取って
    中身を見たら、不倫に対する慰謝料請求の内容証明書だった。
    帰宅するなり父に問答無用で顔面拳骨食らって吹っ飛んだよ。
    鼻血を出したところを、泣きわめく母に傘でひっぱたかれて追い出された。
    ネカフェで夜を明かした後帰宅しても、やっぱり入れてもらえなかったので
    隣県住まいの姉に頼んで親に電話してもらい、そこでようやく殴られた理由がわかった。

    わかったところで不倫なんてしてないし、人違いとしか思えない。
    だけど親は興奮して私の言うことなんて聞いてくれない。
    そこで姉が仕事を早退して実家に戻ってきてくれて、そこで封書の住所が違うことを発見した。

    私の実家はマンションで、同じ敷地内にA棟、B棟、C棟というふうに何棟もあるタイプ。
    私の住所が○○マンションA棟101だとすれば、書留の住所は○○マンションF棟505というふうに
    明らかに違う住所宛だったんだけど、宛名は私と同姓同名だったために、両親は誤配だと
    認めてくれなかった。
    しかたなしに管理人経由でF棟505在住の住民に確認を入れたら、私と同じ名前の女性.が
    住んでいることがわかった。
    よくある苗字に、当時流行していた名前の組み合わせだったから、確かに同姓同名は
    珍しくなかったが、こんな近くにいたなんてと少し驚いた。
    事情を説明して内容証明をそちらに受け取ってもらったけど、あっちはあっちで色々と
    修羅場だったろうなと思う。

    その後、郵便局の偉い方が謝りに来たりなんだりしたようだけど、親が私を何故か
    蚊帳の外に置きたがったせいで、詳細は知らない。
    立派な菓子折りが家にあったので、恐らくあれで全部済んだんだと思う。
    外面が異常に良い父のことだからきっと「うちの娘が紛らわしい名前なのがいけないんですぅ」
    くらいのことは言っていそうだなと思った。

    この件で親子の溝が決定的になり、私は姉の家に一時居候をしたのちに、さらに遠くの県に
    就職を決めて引っ越した。
    引越し費用を用立ててくれた姉夫婦には本当に頭が上がらない。
    冬のボーナスで一括返済しようとしたら断られたよ。現金は少しでも手元に置いておきなさい、
    返済のことは考えなくていいからって・・・
    どうしてあの親からこの姉が生まれ、こんないい旦那さんと結婚できたんだろうと不思議でならない。

    ちなみに親は今でも親戚の集まりで「不倫をした娘」と私のことを言っているらしい。
    姉のおかげで真実が広まっているので別にいいのだけど、やはりいい気分はしない。

    763 :名無しさん@HOME 2012/09/21(金) 20:10:30 0
    小さなころから
    「お前はピアノのコンクールで全国で優勝しなければならない」
    と言われて育った
    二歳になるとピアノを始めて五歳でコンクールデビュー
    良い所までは行くんだけどあと一歩というのが数年続いた
    それに痺れを切らした両親。
    「来年優勝できなかったら終わりだから」
    と言われるも逃す
    気付いたら祖父母の子供になっていた
    まぁある意味捨てられたということ
    帰ってきたら家の中が空っぽという漫画のような体験をした

    330 :名無しさん@HOME 2012/09/07(金) 09:19:21 0
    受験の修羅場書き捨て。
    うちは高校二年生の時両親が離婚、母のもとで生活していた。
    父がサイマーで家計は火の車らしかったけど、そんな事情を気取らせることなく
    家にはいつもお菓子のストックがあり、好きなものも買ってもらえていた。
    生活を制限されたことも、苦労させられたこともなかったのは、本当に感謝している。
    けれど逆に、家庭の経済状況はまったく教えてもらえなかった。

    私が通っていたのは、県下でも三本の指に入る(高校教師陣自称)公立進学校。
    大学に行くのが当然で、それ以外の進路を選択しようものなら変えるよう何度も説教。
    進路決定が本格化した際に、私は母に進路について話した。
    母は、行きたいところに行けばいい、お金は気にするなとだけ言って、あとは忙しいで打ち切り。
    馬鹿な私は、県外の私立大を第一志望として据えた。
    返還なしの奨学金がでること、何よりも、その学科がそこにしかなかったため。
    当時不登校で、自立しなければと強く思っていたため、世話焼きで過保護気味な母から
    離れたかったというのも一つあった。

    高校三年の10月。自宅で三者面談が行われた。
    進路決定と成績表を並べ、ドヤ顔で進路決定の理由を述べる私。
    母はじっと進路を見つめ、私の話を遮って言った。

    「うちに県外の大学へやるお金はありません。自宅から通える国公立しか無理です。
    だいたい、料理のできないあんたに一人暮らしは無理。今の状態じゃ友達も作れなくて
    途中でやめて帰ってくるのがオチでしょう」

    なんでこんなぎりぎりまで話してくれなかったのかとかそこまで言うかとか
    料理できないのは母が台所に入れてくれないせいだろうとかいろいろ考えて撃沈。
    担任はお花畑でそれなら教育学部に行けばいいと一人でマシンガントーク。
    結局そこから大幅に進路変更(第二志望も県内私立)
    国公立で無理やり行きたいところを選出したものの成績が足りず落ちて
    専門学校へ入学が決まりました。

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