2021年08月

    87 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2017/03/28(火) 11:50:16 ID:AyHuBvoD.net
    身内に格闘の有段者がいて、たまに行政から女忄生のための護身術なる依頼を受けることがある
    曰く、参加者のおよそ半数は防衛目的で受講だろうけど、
    残りの半数はお前に必要ないだろ、とか攻撃目的で受講してんの?
    と首を傾げたくなるようなのが来ているらしい
    また前者に対しては稀にカップル成立もあり得るが、そこに至るまで個人情報の扱いは慎重に
    後者に対してはス㋣ーカーまがいの被害を食らう場合もあるから別な意味で要注意とのことだ

    護身術が本当に必要な人とそうじゃない人の二部制に分け、前半は不要な人、後半は必要な人
    こうしてくれたら色々と捗るのになあと嘆いていた

    40 :名無しさん@おーぷん 2017/05/02(火) 11:30:33 ID:OgA
    ショックだったこと。無茶苦茶沢山言いたいので長文嫌な人はスルーよろしく。
    夫は次男で、私たちは義実家と同じ市内で住んでいる。
    長男夫婦は新幹線の距離に住んでいるが、定年までには地元に異動願いを出してこちらに戻り
    親と同居して面倒をみるという約束になっていた。
    新婚当初にその話を義父母から聞かされたけど、正直言ってそんな簡単に予定通りに異動できるのかな、とか
    結婚して何年も経ってからの同居って難しいと聞くけどなあ、とか思ってた。
    一応長男夫婦も了承してるらしく、全員が集まった時にたまにそういう話になって
    長男の奥さんもニコニコして「だから私さんは心配しなくていいのよ~」と言われたこともあった。
    そうは言っても事情なんてものはコロコロ変わるものだし、
    何か起こればその時はその時に考えればいいやって能天気に考えていた。
    結婚して20年近く経つけど、その間長男夫婦は毎年年末年始に帰省してくるけどそれだけ。
    私は近くに住んでいれば何かあれば助け合うのは当然だと思ってたから
    義父が怪我をすれば病院の付き添いや送り迎えもしたし(義母は運転できない)
    義母が入院した時には病院と義実家を何度も往復したりもした。
    普段具合が悪いと言えば家事をやりに義実家に通ったりもしたんだよね。
    いい嫁ぶるつもりはないけど、私の母が祖母と仲が良くて同じようにやってたのを見て育ったから
    そういうもんだと思ってた。普通だと。

    233 :おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/10/12(月) 16:30:12 ID:FjHR1SQj.net
    女忄生の天敵、露出狂を発見、犯人逃げるも格闘して勝利したw

    313 :名無しさん@HOME 2018/10/09(火) 09:33:04 0.net
    朝からすみません、よかったら相談に乗って欲しいのです

    うちは男女各一人、義兄家は息子二人で年が近いので親しくしています
    うちの娘は花柄、ピンク、フリルやリボンと言ったいわゆる女の子らしいファッションが好きで、最近はピンクしか着ません
    義実家は子供は義兄とうちの夫の息子二人で、女孫で初めて女児服買えるのを喜んで時々買い置いてくれます
    私実家側は女児が多めなのでピンクやひらひらの服が好きだと知るとお下がりが回ってきます
    そんなわけで娘の服はお砂場着に至るまでピンクでフリルが付いてます
    母である私はそこまで服にこだわりがないので娘のピンクへの熱意がすごいな~と傍観していました

    連休で義実家で集まりがあった時に義兄嫁から呼ばれて「娘ちゃんのピンクとひらひら服をやめてほしい」と言われた
    理由を聞いても最初はぼかして「やめてほしいだけ」というばっかりなので、
    「ただでも可愛い娘がさらに可愛い服着て盛ってるのが目障りとか?」と内心思ってたのは親ばか全開だったのは認めるw

    「一緒に遊んで汚したり破いたら困るから」と言われて、私親戚からお下がりがたっぷり来るから子供服は消耗品と心得てるんで怒ったりしないことを伝えたらようやく本音が出てきた
    しかしその本音がやっかいで聞かなきゃよかったと思った
    「義兄家の長男くんがピンクのひらひら服を着たがって、うちの娘の服を見るたび欲しがって困るから着せないで欲しい」
    しかも義両親と義兄と旦那に内緒にしてほしいと泣いて頼まれた・・・しばらくしたら治るからって病気みたいに言ってる

    うちの娘は今はピンクとフリル以外着ないから暫く義実家に行くのを理由つけて避けようと思ったけど、義兄嫁がそれは疑われるからヤメテって泣かれて困ってしまってます

    284 :おさかなくわえた名無しさん 2006/11/13(月) 09:19:05 ID:j0Xkexhw
    小学生高学年の頃、イジメられていた。
    主犯格は成績優秀で運動神経も良い、同じクラスの女。
    逆上がりも出来ない運動音痴で、頭の出来も底辺の私は彼女と同じ塾に通っていた。

    彼女は塾でも人気者で、その人気者の彼女は塾でも私を苛め始めた。
    教師や講師にも相談したが、イジメはかえって激しくなるばかりだった。
    さらに、私の母親は典型的な教育ママで、相談しても「甘えるな」と叱られるばかり。
    精神的に追い詰められた私は、タヒぬことばかり考えるようになった。
    それを感じたのか、主犯格の女は「タヒねよ」と罵倒してくるようになった。
    私は本当にタヒんでしまおうとも思ったが、彼女の嬉しそうに罵倒する様を見て
    「どうせタヒぬならコイツをぎゃふんと言わせてからにしよう」と思った。

    それから私はひたすら勉強するようになった。寝る間も惜しまなかった。
    夕飯の最中にも勉強していた。学校の成績はみるみる上がった。
    イジメはますます激しくなり、学校ではうかつにトイレにも行けなくなった。
    それでも気にせず勉強した。頭には十円ハゲができた。母は喜んでいた。
    塾でトップの成績になった時には、もう何をされても気にならなくなったし、イジメは収まってきていた。
    ちょうど受験シーズンで、イジメる側も余裕が無くなったからだと思う。
    私は母や塾の意向もあって有名進学校を6校ほど受けた。全部合格した。
    主犯格の彼女はというと、全滅。

    翌朝、登校した私は、取り巻き(もう3人しか残っていなかった)に慰められている彼女に
    優しく声をかけた。
    「大変だったね。イジメなんて暇な事してるから全部落ちたんだよ。」
    そんな私と彼女を見て、取り巻き以外のクラスの人間はみな私に話しかけてきた。
    「イジメてごめんね」「あの子の言う事聞かなきゃいけなかったから・・・」などと言っていた。
    こういう馬廘共と同じ中学に行かずに済むということは救いだった。

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